今日の最高気温は35度。人の平均体温は36度。
「私の平熱35度だよ」
「それなら、くっついてても変わらないや」
隙間なく、触れていない場所がないように、ぴったりと。
熱を持った肌はじんわりと汗ばんで、生ぬるい空気に溶けていく。
「タケルくんは、熱いね」
「嫌なら離れようか?」
首筋にくちびるをおしつけながら、吐息だけで答える。
「もっと、熱くして」
仔猫のように体を丸め、足をぎゅっと絡ませてくる、ワガママな僕のお姫様。
「ヒカリちゃんの仰せのままに」
舐めるようにくちびるを吸い、粘膜と粘膜がひとつになっていく。
手で、足で、指で、頬で、髪で、目で、僕たちはお互いの存在を求め合う。
埋めて、僕を、隙間なく。
まるで海のなかにいるみたいだ。
このまま、抱き合ったまま溺れてしまおうか。
クーラーのないこの部屋では、流れているのがどちらの汗なのかもわからない。
僕達のからだはもうべたべたに混ざりあってしまった。
「ねえ、キスして」
耳にかかる君の熱い吐息が、僕の理性をどろどろに溶かしていく。
汗と精液とじめった布団のにおいがこもる部屋で、僕らは今夜も溺れたくてたまらない。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/7/17 「夏」

帝国ホテルの最上階のバーで、いつもと同じズブロッカを傾ける。
待ち合わせてはいない。ただ俺たちは毎年同じ日に同じ場所で逢う。
何時に来るかはわからない。来ないかもしれない。
大きなガラス窓からは東京の夜景が見渡せ、日常の喧騒からは別世界だ。
カウンターの中では初老のバーテンダーが滑らかな手つきでシェイカーを振っている。
ズブロッカを3杯飲んだら帰る。そう決めていた。
特に約束をしているわけではない。
来るかもしれないし、来ないかもしれない。
いっそ来ないほうがいいのかもしれない。
約束ではないなんて言い訳にすぎない。
手を放して自由を与えているようで、実際は籠に閉じ込めているようなものだ。
縛らないし、縛ってやることもしない。互いに縛られるのを望んでいたとしても。
この10年、3杯目を飲み干したことは一遍もない。

「ベリーニを」
静寂に鈴が響くような声がした。
白磁の肌にルビーの瞳。亜麻色の髪は腰までまっすぐ伸びている。
ドレッシーでクラシカルなワンピースは瞳と同じルビー色で、腰には黒いレースのリボンがあしらわれている。
妖艶さと清廉さを併せ持った、美しいひと。
ついこの間まで少女だったはずなのに、いまや立派な淑女だ。
「お兄ちゃん、待たせてごめんなさい」
俺にとってはいつまでもあどけなさの残る、ヒカリの声。
「待ってなんかないさ」
ヒカリが俺の右隣のスツールに腰かけると、懐かしいシトラスが香った。
それだけで胸はいっぱいであふれてくる。
いますぐ抱きしめてしまいたい。
「乾杯」
華奢なグラスにそそがれたピンク色の液体は、ときめくような色のくちびるに吸い込まれていく。
カウンターにのせられた左手を逃がさないように握り、そのときめきに軽くくちびるを寄せた。
甘く、しびれるようなキス。
「だめだってば、こんなとこじゃ」
「嫌なら嫌って言えよ」
濡れたルビーに俺が映っている。
今度は深く、沈むようにくちづけた。
甘ったるいアルコールが舌先から全身に流れていく。
ヒカリの頬はみるみるピンク色に染まる。
頬どころか、首筋も、胸元も、指も、白い肌はどんどん浸食されていく。
カラン、とグラスが鳴いた。
離したくちびるからはどちらのものかわからない吐息がもれる。
渇いた喉を潤すためにグラスに口をつける。
しかし到底この渇きを癒すことができないことはわかっていた。
もちろんどうすればいいのかも。
俺の右手とヒカリの左手はつながれたままだった。
1年前とちっとも変わっていない。

劣情と愛情でがんじがらめになった重い扉を、ジャケットの内ポケットから取り出したキーで開ける。
1年に1度だけ、俺たちはここで男と女になる。
悪いな神様、今日だけは見逃してくれよ。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/7/10「七夕」

カーテンの隙間から差し込む朝陽よりもまぶしい笑顔が目の前にあった。
「お、起きたか。おはよう」
まどろみの中で心地よいテノールの響きがこだまする。
そうだ、昨日はお兄ちゃんのアパートに泊ったんだった。
待ち合わせして、一緒に食事して、お兄ちゃんの部屋にきて、ちょっとお酒も飲んで、気づいたらゆりかもめは終わってた。
「おはよう」
寝転がったまま体の位置をちょっと整える。
あたしの首のへこみがお兄ちゃんの腕の筋肉にぴったりフィットするところ。
その一番気持ちのいいところで頭を落ち着けた。
「結構寝起き悪いんだな」
「そうかしら」
「なにしても起きなかったぞ」
お兄ちゃんがいる。目の前に。触れるくらい近くに。
ココアブラウンの髪は枕にくしゃっとつぶされている。
久しぶりに見る無防備なお兄ちゃんの姿。
「お兄ちゃんこそ、昔はねぼすけだったくせに」
「なんか目が覚めちまったんだよ」
羽のような口づけをまぶたに落とされて、鼓動がひとつ大きく跳ねた。
「ねえお兄ちゃん。ヒカリ、朝ごはんはオムライスが食べたいな」
「ヒカリはオムライス好きだな」
「お兄ちゃんのオムライスが好きなの」
一緒に住んでいたころは、一緒に寝たって一緒に起きることはほとんどなかった。
お母さんが起きる前に自分の部屋に戻らなくちゃ。
夜明け前にこそこそ起きだして、なにか聞かれたらトイレに起きたふりをしようなんて神経を張り巡らせていた。
そのまま朝を迎えることもあったけれど、起きてからも二人そろってベッドでごろごろしているなんて、あの家ではできなかった。
ましてや、目覚めのキスなんて。
お兄ちゃんと一緒に朝陽を浴びている。
ただそんなことがうれしくて、寝てる間もずっと繋ぎっぱなしだった右手に力を込めた。
それに応えるように、お兄ちゃんもつないでいる左手をぎゅっぎゅっと握ってくれた。
ふふふ、と笑い声をもらすと、二人の吐息は目の前で混ざり合った。
鼻先を、くちびるを、何度もついばむ大きな小鳥。
あたしはお返しにお兄ちゃんの耳たぶを食む。やわらかくて冷たくてきもちよくてすき。
耳の裏に舌先をちろちろ這わせると、お兄ちゃんのからだはびくんと揺れ、あたしに覆いかぶさってきた。
「こら」
さっきまで文鳥とたわむれていたはずが、猛禽類のようなくちびるにあっという間にさらわれてしまう。
「いたずらするやつには食べさせてやらねえぞ」
「やだあ」
そのやだが何を意味するところなのか、お兄ちゃんもあたしもちろん理解していた。
さっきよりも強く、昨夜よりも深く、透明な鎖があたしたちの体に絡みついて離れない。
半分開いた窓から一筋差し込んだ風を、青いカーテンが抱きしめた。

あたしたちがようやくオムライスを食べたのは、すっかり陽も高くなったころだった。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/6/26「いただきます」

「雨降ると部活休みになっちまう」 梅雨明けを待つ 太陽の君

雨は好き 人気のエースストライカー 家に閉じ込め独り占めする

窓の外見つめる背中 筋トレをしながら君の心はピッチ

そんな顔 お兄ちゃんらしくないのよせっせとつくるてるてるぼうず

雨上がり きらり輝く芝の上 走る太陽 夏がはじまる

ちゃぷちゃぷと黄色い傘に雨合羽 手を繋いだら転ばなかった

あの頃のように迎えに来てほしい 今日も私は傘をささない

ばかだなと濡れ髪を拭く兄はいつ 傘さすようになったのでしょう

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/6/12「梅雨」

電話のベルがけたたましく鳴った。
僕はカップを倒してしまい、泥水のようなコーヒーが机の上を漆黒に染める。
背筋がぞくぞくするほど冷たく響くコール音に耐えきれず受話器を取ると、頭のてっぺんから爪先までを凍らせるような言葉。
「すぐに来てください」
コーヒーがぽたぽたと僕の足元にしたたり、カーペットに黒点を作った。

「お台場総合病院まで」
タクシーの運転手は無愛想にあいよと答えて車を走らせる。
普段なら10分程度の道程なのに何時間もかかっているような気がした。
昨日はあんなに元気だったのに。
今朝も笑顔でいってらっしゃいのキスをしたのに。
ああ神様、どうか彼女を助けて。
いや、この際神様でなくてもいい。
悪魔にだって僕の魂なんかいくらでもくれてやるから、どうか。
ヒカリちゃん。ヒカリちゃん。ヒカリちゃん。
君が無事でなかったら僕はどうすればいい。
嫌だ、そんなこと考えたくない。
こんなとき、僕にはなにもできない。
「お客さん、大丈夫かい?真っ青だけど」
祈っているうちに到着したらしい。
財布から紙幣を2枚ほどもぎとってほとんど投げるように差し出した。
困惑している運転手を気遣う余裕は今はない。
湿り気のある空気が体にまとわりつく。雨の降りそうな曇天。

エレベーターを待つ時間も惜しくて、階段で4階まで駆け上がる。
口だけはヒカリちゃんヒカリちゃんと繰り返しながら。
息をきらせてナースステーションまで行くと看護師さんが僕に気付き、
「高石さん!」
もはやヒカリちゃんとしか口を動かさなくなっている僕に、落ち着いてください、と病室を教えてくれた。

彼女は眠っていた。
美しい、女神か、天使か。
白い肌はより白く、透き通るようなくちびるからは吐息がもれ聞こえる。
ああ、生きてる。
布団の上から彼女の腹部に手を当て、何度も撫でる。
「タケルくん…」
僕のお姫様が目を開けた。
寝たまま腕をのばして、僕の頬やわらかく触れる。
「泣かないで。私は大丈夫。ちょっと入院が必要だけど」
「お腹の子は?」
「無事よ」
その言葉に、僕の目からは余計にあふれでる涙、涙、涙。
「呼ばれた気がしたの」
「…それは、闇に?」
横に首をふると亜麻色の髪がはらりと揺れた。
頬に添えられた彼女の手をぎゅっと握る。
「タケルくんの声が聞こえた」
「え?」
「何度も、何度も、私を呼んでた」
僕にはなにもできない。祈ることしか。
「タケルくんが、私とこの子を守ってくれたのね」
ああ、君は、女神か、天使か。
横になっている彼女に覆い被さるように抱きしめる。
「タケルくんの涙って、あったかい」
あたたかいのは、君を想って愛があふれているから。
「君が助かるなら僕はどうなってもいいって、悪魔に祈ったんだ」
「おばかさんねえ」
彼女は少し起き上がり、僕の背中に腕を回す。
僕の体に広がっていく、慈愛に満ちたぬくもり。
「あなたがいなくなったら残された私とこの子はどうなるの」
神様、彼女の髪を、手を、体を、唇を感じられることを感謝します。
「もう二度とそんなこと考えないで。生きることを投げ出さないで」
窓から差す光がカーテンに反射し、聖母を包み込む。
「新しい命のために、一緒に生きましょう」
彼女の体に宿る小さな光。
この光を守ると誓おう。
君が僕たちの、希望の光。
「愛してる」
愛してる。愛してる。愛してる。
この言葉が彼女たちを守る盾となりますように。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/5/23「希望の光」

足の指に塗るマニキュアのことを、ペディキュアと言うらしい。
絨毛のような形のウレタンを指の間に挟んで、彼女は色とりどりの小瓶の中から一つを手に取る。
刷毛の先についた透明な液体はどろりとすべり、彼女の親指の爪に玉を作った。彼女がそれをささっと刷毛でならすと、ほんのりピンク色の爪がてりてりと輝く。
まるで魔法かなにかのように、彼女の刷毛で触った爪がぴかぴかのてりてりになっていく。あっという間に彼女の足の爪は魔法にかけられてしまった。
「ミミさん、すごいですね」
「光子郎くん、まだこれステップ1よ。乾いたら色を塗るの」
「ああ、乾かすんですか」
「うん。乾くまで待ちます」
教本のようなことを言って彼女はにこにこ笑う。
お風呂あがりにゆるくまとめた髪の後れ毛が揺れ、シトラスの香りを漂わせた。
「触ってもいいですか?」
答えを聞くより前に、僕の手は彼女の足首をとらえていた。
座っている彼女のそばに寝転がって、その足の裏にキスをする。
彼女の足の指の間にはさまっているウレタンを慎重に取り外し、代わりに自分の手の指をからませた。付け根と付け根がぴったりとくっつくぐらいに深く。
つちふまずを、くるぶしを、指の腹を、丹念に舐める。
「や…」
吐息に隠した快感に気づけないほど野暮な男じゃない。
親指と人差し指の間に唇をうずめて、舌先で縦横無尽に触れてみると聞き慣れている高さの声になってきた。
そのまま舌で足の甲を這う。
踵を愛撫し、ふくらはぎから膝の裏へとなめらかに指が移動する。
舌先が別の生き物のように、愛しい人を味わいつくそうとうごめいている。
肌で、舌で、全身で、貴女を感じたい。
彼女はソファにもたれかかり、快感に身を委ねることにしたようだ。
「こうしろうくん、だめぇ…」
程よく肉のついた内ももまで手をのばすと、びくんと体を震わせる。
その白い頬を髪と同じ桜色に染め、とろけそうな瞳で、キスをねだるときと同じ表情で。
「だめなんですか?」
ナイロンの薄い布切れをずらそうと手をのばすと、条件反射のように腰を浮かすというのに。
これが女心ってやつなのですか。
「ミミさん、爪、乾きました?」
耳の裏に口づけをすると、熱く透明な液体はどろりとすべり、僕の指に玉を作った。

お兄ちゃんが高校生になってから、周りにきれいな女の人が増えた。
大人っぽくて、体のラインも女性的で、おしゃれで、セクシーで。
そんな素敵な女の人に囲まれているお兄ちゃんは、違う人みたいだった。
男の人、だった。

ああ、私はこのままじゃいけない。
昨日までとは違う私にならなくちゃ。
大人っぽくて、色っぽくなって、私のことを視界にいれてもらわなきゃだめ。
私のことを女だって感じてもらわないとだめ。
ファッション誌をみて研究した、セクシーな女になるためのお洋服。
ホルターネックのキャミソールはちょっと濃い目のローズピンク。
裾広がりになっていて、サイドあしらった透け感のあるシフォンジョーゼットでちょっとセクシーに。
同年代と比べたらいささか大きめなヒップは、あえてラインを出すことで視線を釘づけ。
女の子を一番かわいく見せてくれるカーマインレッドのタイトミニ。
お化粧だって勉強したわ。
マンダリンオレンジの頬に、アイシャドーは恥じらいラメ入りピンク。
リップグロスをたっぷり塗って、ほてるくちびる。
ちょっと派手かしら。
でも、このぐらいしなくちゃ、お兄ちゃんをどきっとさせられない。

「ヒカリ、その服どうした?」
私がこの服を見せたとき、お兄ちゃんは眉根をよせていた。
どうしよう、似合ってないのかしら。
「買ったに決まってるじゃないの」
「そうじゃなくて!」
なんだか悲しそうですらあるお兄ちゃんの顔をまじまじと見てしまう。かわいい。
「だって男の人はセクシーな方が好きなんでしょ?」
お兄ちゃんがおっぱいのおっきな人の雑誌とか読んでるの、知ってるもの。
そこまで色っぽくなれなくても、私だってお兄ちゃんの好みに近づきたい。

「似合ってないぞ」
ああ、やっぱり。自分だってわかってるわ。
私まだこどもなんだ。
だって今、現に頬を膨らませてお兄ちゃんの胸のあたりをこぶしでぽかぽかたたいている。
「もっとおとなになりたいの」
もっともっとおとなになって、きれいになって、お兄ちゃんの隣を歩きたい。
恋人だって間違われたい。
だけどお兄ちゃんに似合ってないって言われたのがショックで。
うそで固めた私を見透かされてしまったようで。
「おとなになることは、セクシーな服を着ることじゃないだろ」。
ごもっともだわ。見た目ばっかり気にしたって、私の中身はまるでおこちゃまだもの。
「お前にはもっと可愛い服が似合うよ」
ケープでまとめた髪をあったかい手がくしゃくしゃにする。
このおひさまみたいな笑顔にいつもやられちゃうんだ。
お兄ちゃんがそういうなら、着ます、かわいい服。
着替えてくるねとぽそぽそ言うと、ほっとしたように眉毛を下げた。
「着替えたら、一緒にお買い物、行ってくれる?お兄ちゃんにヒカリの服、選んでほしいの」
「ああ、行こう」
やったあ。デートだ。

ばかだわ。私、なんで男の人が好きな服装なんて漠然としたものを求めていたのかしら。
男の人じゃなくて、お兄ちゃんの好みじゃないと意味ないじゃない。
もっとかわいい服が似合うんだって、私。うれしいな。
うきうきしながらワードローブをひっくり返す。
これにしよう。清楚なエンジェルブルーのAラインワンピース。
襟と袖にステッチが入っていて、私の一番のお気に入り。
おっと、服を着る前にお化粧を落としましょう。
まぶたにのせた熱情を拭うと、濡れたシートににじむ、さっきまでの泣きそうな私。
洗面所でしっかり顔を洗うと、前髪から水滴がこぼれた。
鏡に映る14歳の私はおとなじゃないけれど、今はそれでもいいの。。
お化粧しても派手な服を着ても、おとなのように色っぽくはなれない。
でもそれでいいんだわ。無理することなんかない。
部屋に戻ってお気に入りの服に袖を通す。
ウエストをリボンで結び、スカートのひだを整える。
さっきまで泣きそうだったのがうそみたい。
仕上げに、ダイヤ型のピンクの小瓶に入ったベビードールを空中に吹き付けてひとくぐり。
このぐらいの背伸びは許してね。

「行こう!」
玄関のドアを開けると、熱気と日差しに眼がくらんだ。
はやくはやくとせかすふりをして腕を組む。
お兄ちゃんの腕は結構筋肉質で、ちょっと固くなったところをきゅっとつかんで撫でるのが好き。
「なんだかデートみたいだね」
もう私、自分に嘘はつかない。無理しないことにするわ。
ねえ、だから。
大好きよ。お兄ちゃん。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/5/22 お題自由

うちの学校の図書館は、開架4階層、書庫3階層とかなり大きくて、書庫の地下2階は全部洋図書で埋め尽くされている。
結構貴重な図書も多く、100年前に出版された図書の初版なんかも置いてある。もちろん貸出はできないが。
こんな書物が普通に手に取ることができるだけでも垂涎ものだ。
かび臭くて、薄暗い、お気に入りの場所。
書庫の中には閲覧席ともいえない机と椅子が申し訳程度にあって、僕はその中でも一番奥の柱のそばが好きで、誰もいなければそこに座ることにしている。
…と思っていたのだが、今日はどうやら先客がいるようだ。
しかもつっぷして寝ている。
図書館は寝るところじゃないというのに。寝るならせめて開架の閲覧席の多いところにしてほしいですね。書庫はただでさえ席が少ないんですから。
ん?しかし、あの寝姿、見覚えが…
「太一さん?」
「んあ?こうしろ?」
本を開きっぱなしにして机に突っ伏していたのは、やはり太一さんだった。
「何やってんですかこんなとこで」
「いやー、勉強してたんだけどさ、寝ちまってたみたいだ」
たははと笑うその頬にはしっかりインクの跡がついている。
「だからってなんでまたこんな奥底で。開架の方が広いのに」
「だってこっちのが涼しいじゃんか」
確かに書庫は貴重書も多いため、室温と湿度が一定になるように保たれている。夏でも少し涼しいくらいだ。
「あと、お前いるかなって思って」
「え?」
「光子郎の特等席じゃんか、ここ」
まさか太一さんが知っていたなんて。
なんだかんだいって、人のことちゃんと見てるんですよねえ。
自分のお気に入りの場所を太一さんが知ってたことにはからずも顔が緩んでしまう。
「なあ光子郎、椅子持ってきてここ座れよ。一緒に勉強しようぜ。俺が寝ないか見張っててくれ」
「え、狭くないですか」
太一さんは勝手にセッティングをはじめるから、結局ふたり肩を並べておべんきょうだ。並べてというか、直角だけど。
ここには僕ら以外だれもいない。
ページをめくる音とペンを走らす音、お互いの吐息しか聞こえない空間。
机に向かう太一さんの意外にも真剣な眼差しを、時折盗み見る。
脚がぶつかる。肘があたる。目が合う。
古い洋図書のページをめくると端がぽろぽろ崩れ、酸性紙のかけらはひらひらと床に落ちていった。

#太光版深夜の真剣お絵描き文章書き60分一本勝負 
2015/5/19「図書館(図書室)にて。」

昨夜はなかなか寝付けなくて、ようやく夢の中へ落ちて行けたと思ったら、あなたの夢を見た。
着信はなし。受信メール、0件。
どうしてなにも言ってくれないの。
私の心はお兄ちゃんの寝癖よりも乱れに乱れて、かたちをなくしてしまっている。
私、こんなにこんなに、あなたのことを考えている。
はじめてキスをした次の日は、誰でもこんな風になってしまうの?
学校で会ったタケル君は私を見つけると、「おはよう」とだけ言ってすたすたと教室に入ってしまった。
授業中も、いつもはにこにこ目配せなんかしてくるのに、今日は全く見てこない。
開け放たれた教室の窓から夏の風が吹き込んで、セーラー服の襟がが大きく波打った。

昼休みになると、タケル君が私の席に来た。
「一緒にごはん、食べるよね」
髪が顔にかかって表情がよく見えない。
私は返事の代わりに、お弁当を持って立ち上がった。
いつもの数学準備室。
向かい合うのが恥ずかしくって、隣に座ってお弁当を広げる。
お弁当食べながら、昨日の話をするのかしら。
どうしよう、私のきもちは全然定まってない。
何を口にしているかわからないままごむごむと口を動かすだけでお弁当箱は空になっていた。
どきどきしすぎて、もうわけがわからないの。
どうしてタケル君はなにも言ってくれないの?
「ヒカリちゃん」
いつもよりも低いトーンに身動きがとれなくなる。
「こっちむいて」
張りつめた弦のような声だった。
私は今日はじめて、タケル君の顔をちゃんと見た。
どうして、どうして、どうして、そんなかおしてるの。
「どうしてキスしたの」
「したかったから」
「したかったらするの?恋人でもないのに?」
「恋人じゃなきゃしちゃいけないの?」
いつのまにか指が彼の手の中に収まっていた。
「僕はヒカリちゃんが好き。したかったからキスした。恋人じゃなきゃキスしちゃいけないなんて思わない」
いつのまにか膝と膝が重なりあうほど距離がなくなっていた。
「嫌だった?」
昨日からずっと考えていた。私はいやだったの?タケル君にキスされるのが?
「いやじゃないよ…」
嫌じゃなかったから考えていた。タケル君は私をどう思っているのか、私はタケル君をどう思っているのか。
タケル君は私を好き?じゃあ私は?
「じゃあ、何をそんなに困ってるの」
「私は好きって感情がよくわからないの。昨日からずっと考えてた。でもね、全然答えが出ないの。全然眠れなくて、夢にもタケル君が出てきたの。学校で会ってもそっけなくて、タケル君は何考えてるのかわからなかったの」
彼の金色の髪がふわりと揺れる。
「ずっと?昨日からずっと、僕のこと考えてたの?」
碧い瞳はじっとこちらをみていた。
「キスされたのが嫌じゃなくて、僕のことずっと考えて、夢に見るまでだったんでしょ」
破顔とは、こういう顔のことを言うのだろうか。
「うん…」
「ずっと考えてたなんて殺し文句だ」
そう言って、くちびるは自然に重なった。
恋とかはまだわからないし、私がタケル君のことを本当に好きなのかもわからない。
だけどタケル君の唇が、私の唇とぴったり合うことだけはわかる。
このまま身をゆだねることが正解だと、唇は知っている。
遠くで鳴っているチャイムに聞こえないふりをした。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/5/16 お題自由

最近ヒカリの服装が派手なの、と母がため息をつく。
「太一、あんたなんか言ってやってよ」
もう中2なんだし好きな服着りゃいいじゃんかと母をいさめていたのだが、部屋から出てきたヒカリの服装には眼を奪われた。悪い意味で。
首元を紐みたいなやつで縛るキャミソールで、背中がずいぶんあいている。
吐き気のするようなショッキングピンクで、脇腹のところは透ける素材になっている。
身体のラインにぴったり沿うような真っ赤のタイトスカートはひざ上15㎝。
化粧もだいぶしているらしく、幼さの残る顔には不似合いな口紅がにんまりと笑う。
どうしちまったんだ、ヒカリ。
「ヒカリ、その服どうした?」
「買ったに決まってるじゃないの」
「そうじゃなくて!」
ラメ入りピンクのまぶたを2、3度ぱちぱちさせて、ヒカリは言った。
「だって男の人はセクシーな方が好きなんでしょ?」
セクシーとは結び付きそうにない丸い瞳を大きく開いてじっとこちらをみる。
そりゃセクシーなのは好きだ。大好きだ。
だけどそういう服を着てセクシーなのはボンキュッボンのおねーさんであり、凹凸もまだ未熟なわが妹ではいささか物足りなさがある。
いやいやそんなことより、素材の良さを殺してしまっていることが腹立たしい。

「似合ってないぞ」
ヒカリはオレンジに塗りたくられたほっぺたをぷっくりさせて、ひどいひどいと胸のあたりをたたいてくる。
「もっとおとなになりたいの」
なんてこどもらしい言い分だ。かわいいやつめ。
「おとなになることは、セクシーな服を着ることじゃないだろ」
兄の威厳ある言葉に無言の抵抗をするように、うっすら涙の張った目で見上げてくる。
「お前にはもっと可愛い服が似合うよ」
頭をくしゃくしゃ撫でると、ヒカリはくすぐったそうな顔をする。どうやら観念したらしい。
着替えてくるねと言って部屋に戻ろうとしたヒカリは、ドアの前でふと立ち止った。
「着替えたら、一緒にお買い物、行ってくれる?お兄ちゃんにヒカリの服、選んでほしいの」
またこんな変な服着られたらたまらない。ここは兄として、妹の健全な成長の道しるべとならなければ。
「ああ、行こう」
やったあ、と小さく言った声はドアが閉まる音にかき消された。

それにしてもヒカリが男受けを気にして服を選ぶなんて。
まさか、好きな男でもできたんだろうか。
そいつがセクシーな服が好きで、幼いながらも涙ぐましい努力をしていたのか?
くそ、いったいどこのどいつだ。タケルか?大輔か?
そんな大きく開いた背中をよもや見せたのではあるまいな。
お兄ちゃんは許しません。
「何をぶつくさ言ってるのかしら」
いつも間にか着替えを終えて出てきたヒカリは、さわやかな薄いブルーの半そでワンピースに身をつつんでいた。
化粧も落としたらしく、前髪に残った滴がきらきら反射する。
夏だ。

「行こう!」
玄関のドアを開けると、熱気と日差しに眼がくらんだ。
はやくはやくと俺の腕に指を巻き付けきゅっと握る、その指の細いこと。
「なんだかデートみたいだね」
そう言ってこちらを見上げるその眼の奥に眠る妖艶さに、俺はまだ気づかないでいた。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/5/8 お題自由