にっきというか雑記と言うか、ちょっとまとまった文章を置いておく所をつくりました。
あとがきとか裏設定的なものもつらつら書いていきたいと思います。

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。

ずっとあなたを見てきました。
肩まで伸びた髪をゆらして、背筋をぴんと張って歩くあなたを見てきました。
はじめて会ったのは、雨の日でした。
学校でなにかとつっかかってくるやつらとたまたま道で会い、図書館で借りた本を、なんだか頭が良さそうで気に入らないという理由で水溜まりに投げ捨てられました。
僕はなにもできずに雨に濡れていました。
やつらは下卑た笑いを残して去っていきました。
目の前に、中のページまでしっかりしめった本を差し出されました。
「大丈夫ですか?」
彼女はルビー色の瞳で僕をじっと見ていました。
白いハンカチで本のカバーを拭いて、そのままハンカチで本をくるんでくれました。
受け取ったとき、ほんの少しだけ、指先が触れました。
雨の粒がぴしゃんと、僕と彼女の指先に落ちました。
恋に、落ちました。
図書館の本はぐしゃぐしゃで、まともに読めるのはソネット18番だけだったので、新しく買い直して納めてきました。
かわいてかぴかぴになった本を、僕はいつも持ち歩いています。

手紙を、書きました。何回も書きました。
恋をすると誰でも詩人になると言います。
あなたを目の前にして思いを口にすることなんか到底できないけれど、無言の言葉を綴ることで少しでもかたちになればと思っていくつも手紙を書きました。
あなたをずっとみてきました。
膝丈の制服のプリーツをゆらして歩くのを。
同じ制服姿の男と一緒に歩くのを。
僕とほんのちょっぴり触れあった白く細い指先が、その男の手に重なっているのを。
晴れた日は公園のベンチで肩をならべて、おしゃべりしているのを。
雨の日は傘にかくれてこっそりくちづけしているのを。
ずっと見てきました。
その男は輝くようなブロンドに、深い海のような瞳を持っていました。
誰も入っていけないなにかが二人の間にあることはすぐにわかりました。
お互いがお互いを必要とし、補い、支えあっているように見えました。

僕は、一度だけあなたに話しかけたことがあります。
あなたが本をくるんでくれた白いハンカチを返したときです。
おそらく金髪の彼を待っているのであろうあなたに、あらんかぎりの勇気を持って声をかけました。
「あのっ…」
彼女はルビー色の瞳で僕をじっと見ていました。
無言で白いハンカチを彼女の目の前に差し出すと、彼女のまるい瞳はさらに大きくまるくなりました。
彼女を真正面から見ると、僕はからだの底からあつくなり、手足がぴりぴりしてきました。
「ありがとう、ございました」
もっとほかに言いたいことがたくさんあったはずなのに、僕の口はそこから動かなくなってしまいました。
「ヒカリちゃん、お待たせ」
ブロンドを揺らした好青年が、僕と彼女の間に立っていました。
「タケルくん!」
彼女の顔は花が咲いたようにほころびました。
「じゃあ、僕はこれで」
「わざわざありがとうございました」
立ち去ろうとする僕を、彼は少し怪訝な顔で見ていました。
僕は、いまだになぜそうしようと思ったかわからないのですが、彼と彼女に向き直りました。
「お似合いですね」
彼らの頬が赤く染まって行くのを見ました。

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。
だから、あなたと支えあっていけるひとがいて本当によかったと思います。
僕は、ずっとあなたを見てきました。
あなたが、彼以外のひとと話すとき、少しだけ、うっすらと、自分を膜で覆っているのを知っています。
彼といるときのあなたは、あたかも彼と一心同体であるような、穏やかな空気に包まれています。
あなたにそんな幸せそうな表情をさせる彼がいてよかったと、ほんとうに、心の底から思います。

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。
どうか幸せになってください。
僕なんかがつけいる隙がないように。
僕が書いた154のソネットが、決して日の目を見ることがないように。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/9/4 お題自由

汗は玉になって足元に局地的な雨を降らしている。暑い。暑すぎる。
デックス東京ビーチの涼しい館内に急ごうと足を進めていたら、Tシャツの裾を引っ張られた。
「お兄ちゃん、クレミアだよ!」
イカヤキスタンドにはおよそ似つかわしくないラグジュアリーな看板を飾るソフトクリーム。
生クリームのソフトと、ラングドシャのコーン。
たしかにうまそうだが、今はもっとさっぱりした、ラムネとかが飲みたい。
だらだら振り返ると、看板と同じものが既にヒカリの手の中におさまっていた。
「おいしい…」
ヒカリは歌い踊るようにアイスに口をつけ、うっとりしている。
こんなにおいしそうに食べられたらアイスも本望だろう。
「ずっと食べたかったの」
白いクリームの山にヒカリのくちびるが吸い込まれていく。
「吉祥寺とか新宿とか池袋にあるのは知ってたんだけど、お台場にも食べれるとこできたんだ」
「これから毎日食べれるな」
「お兄ちゃんもひとくち食べる?」
白に溺れたくちびるの端を赤い舌がぺろりとなぞる。
差し出された手ごと両手で包んで顔を近づけ、側面を下から上へなめ上げた。
確かにこれは、今まで食べたどのソフトクリームよりおいしい。
ヒカリは暑さで上気しているのか頬から首、耳の裏まで真っ赤だ。
「お兄ちゃんのひとくちは大きいのよね」
ルビーの瞳をきらめかせながら、ヒカリも顔を近づけ、舌を差し出した。
空いている左手を俺の手の上にさらに重ねて自分のほうにぐいと寄せる。
濃厚でクリーミーな恍惚。
額から汗がぽたりと地面に落ちた。どちらの汗かはわからない。

「あ、やだぁっ」

手のひらは見る間にクリームまみれになっていた。
なるほど、ラングドシャは普通のコーンより防御力が低いんだな。
それにこの暑さであっという間に溶けてでろでろになったクリームでは崩壊もやむなしか。
「べたべただな。服とか大丈夫か」
「ヒカリは大丈夫だけどクレミアはだいじょうぶじゃない…」
ヒカリはぐしゃぐしゃになったラングドシャを名残惜しそうに口に入れ、そのままクリームにまみれた自分の指をしゃぶった。
咥えられた指と宝石のような瞳に、身体の奥が熱くなる。
リップ音とともに弾き出されたヒカリの人差し指めがけて血が集中する。
無邪気に無意識にくすぐってくるんだよなあ、まったく。
「手洗ってこようぜ」
「うん」
頭がくらくらするのは、暑いからだ。
身体に熱が集まるのも、暑いからだ。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/8/21「アイスクリーム」

すぐそこに江ノ島を望む浜辺は、昼間の喧騒とは姿を変え、思いの外うら寂しい。
今日のヒカリちゃんの水着は白地のビキニ、胸元にはこげ茶のリボンと金のチャームがゆれる。
おしりがおっきくて恥ずかしいなんて短めのパレオを腰で縛って、まるでチョコレートケーキみたいだ。
魅惑のショコラは今やパーカーにすっぽりとおさまって、白い足だけが伸びている。
真っ青なパーカーが、夕暮れにまぶしい。
そうやって隠せば隠すほど劣情をかきたてるのに。
その中身を全て暴いてやりたいと思っていること、君は知ってるのかな。
夕暮れの海、岩場の影に二人きり。なんてベタなシチュエーション。
ぱちゃぱちゃと波打ち際で足を濡らす君の、指先を絡めとる。
見つめあえば目をそらせない。
ほんの少しだけ触れたくちびるから情熱が溶けて行く。
止まらない。止められない。
からだじゅうを血がかけめぐる。
打ち寄せる波に合わせて何度も口づける。
撫でるように、噛みつくように。
仔猫のような君の頭に指を入れて、髪の毛まで一本残らず感じたい。
素肌で君と抱き合いたいって思うのは、夏だから。
「パーカー、いる?」
「いらないって言わせたいんでしょ」
夕焼け色に輝いた瞳が揺れる。
パーカーのジッパーを半分おろす、世界で一番キュートな誘惑。
大胆でかわいい僕のバンビーナ。
抱きしめるとやわらかな肌のぬくもりにめまいがした。
見た目よりも質量のあるバストに、リビドーが目を覚ます。
首筋に、鎖骨に、肩に、その膨らみの裾野にくちびるをすべらせて、君はくすぐったそうに顔をほてらせた。
目だけで問いかける。
もう半分のジッパーもおろしていい?
お好きにどうぞという瞳で、僕のみぞおちにキスを降らせる天使。
「帰りたくない、って言ったらタケルくんは困る?」
「帰らせてもらえるなんて、本気で思ってるの?」
太陽は海を纏い、あたりは既に群青の空が広がる。
甘く刺激的な夢に溺れてしまえ。

今夜は潮騒のジルバを踊ろう。
海辺で嵐のような恋をしよう。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/8/14「海」

ねえ、あのおはなしきかせて。竜宮城のおはなし。
またですか?しょうがないですねえ。

昔々のおはなしです。
助けたカメモンに連れられて竜宮城へ行ってみれば、絵にも描けない美しさの少女が僕を待っていました。
渦潮深く潜り込み、鯛やひらめが舞い踊る、夢の楽園竜宮城。
少女はここを治める長、乙姫様でした。
軽く結われた髪には赤い珊瑚をあしらい、豪奢な布を幾重にも纏っており、しかしその身に付けているものに決して見劣ることのない、美しい人でした。
「あなたがカメモンを助けてくれたのね。ありがとう。名前は何て言うのかしら」
「…光子郎と、申します」
「そう、では光子郎殿、どうぞ好きなだけ、この竜宮城でおくつろぎになってね」
長い髪と着物を揺らして乙姫様はしゃなりしゃなりと去っていきました。
僕は、ひとめでこの少女に恋をしたのです。

竜宮城でのもてなしはそれはそれは豪勢なものでした。
食事は普段では口にしないようなものばかり。従者が身支度を全て整えてくれ、そこかしこで美しい舞や歌を楽しむことができました。
乙姫様はカメモンを助けた僕に本当に感謝しているらしく、ちょくちょく僕のところに来ては、感謝の意を述べてくれました。とても素直で可愛らしいひとです。
そして、僕の地上での話を聞きたがりました。
僕はなんでも話しました。
とはいえ、コンピューターのことくらいしか話すことはありませんでしたが、それでもとても興味を示してくれました。
いつの間にか、彼女は僕のことを、「光子郎くん」と呼んでいました。
彼女の繊細な鈴のような声で呼ばれると、自分の名前が今までとは全く違う響きになったような気がしました。
そして彼女は、自分の名前を教えてくれました。
乙姫というのは世襲するもので、彼女のほんとうの名前は「ミミ」というのでした。
僕が「ミミさん」と呼ぶと、彼女は頬を桜貝のように染めるのでした。
僕たちは、恋をしていました。

長い年月が立ちました。ここには時間の概念がなく、僕がどのくらいの時間ここにいるのかはもうわかりませんでした。
僕たちは毎日、おいしいご飯を食べ、美しい舞を見て過ごしました。

その日は、いつもよりも従者たちが慌てていました。
なにがあったのか尋ねても、言葉を濁すだけで何も答えてくれませんでした。
ミミさんの部屋を訪ねると、泣きながら大暴れしていて手がつけられない様でした。
「なんであたしが好きでもないひとと結婚しなきゃいけないの!」
「それが乙姫様の仕事ゲコ…」
「わがまま言わないでほしいタマ…」
「誰が何と言おうと絶対にいや!もう出てって!」
ゲコモンとオタマモンは恨みがましい目で僕を睨みながら、ミミさんの部屋から出ていきました。
「光子郎くん…」
ミミさんは、僕の胸にしがみついて、泣きました。
今まで暴れていたのがまぼろしだったかのように、静かに、かみしめるように、泣きました。
「ミミさん、逃げましょう」
「え?」
「僕と一緒に逃げましょう」
僕はちいさな真珠をひとつぶミミさんに渡しました。
「夜になったら迎えに来ます。誰にも、あなたを渡しません」

夜も深く、何もかもを隠してくれる闇の中、僕はミミさんの部屋に向かいました。
突然、大きな音がしました。なにかが爆発したような、とても大きな音でした。
なにか良くないことが起こっていることだけはわかったので、僕はミミさんの部屋に急ぎました。
「光子郎殿!こんなところにいたゲコ!」
「たいへんタマ!シードラモンが襲ってきてるタマ!」
「シードラモンが?なぜです?」
「それは…乙姫様が結婚をお断りしたから怒ってるゲコ!」
「とにかく乙姫様を玉座に連れてきて欲しいタマ!」
僕はミミさんの部屋に急ぎました。
ミミさんは凛としたたたずまいで珊瑚の椅子に座っていて、その膝には赤い紐できつく縛られた白い箱がありました。
「ミミさん、シードラモンが竜宮城を襲っています。早く、僕と一緒に逃げてください」
くちびるをきゅっと引き結び、僕から決して目を離さずにミミさんは言いました。
「光子郎くん、ごめんね。私、一緒には行けないわ」
張りつめた弦のような声でした。
「こんなことになってしまったの、私のせいなんだもの。私がなんとかしないとだめなの。私はここに残るわ。だから、光子郎くんはひとりで行ってちょうだい。カメモンが地上まで送ってくれるわ」
「そんなこと出来るわけないでしょう!」
ふわりと長い髪が揺れ、ちらりと見えた赤い珊瑚の髪飾りの横には小さな真珠があしらってありました。
「だって!私は乙姫なの!竜宮城の主なの!私がここを離れたら、きっとみんな殺されてしまう。私のせいでみんなを危険にさらすなんて、できない…」
ぽろりぽろりとこぼれる宝石のような涙は、きらめきながら頬をすべって行きました。
「それなら僕はミミさんのそばにいます」
「ありがとう。光子郎くんならそう言ってくれると思ってた」
ミミさんは、膝にのせていた箱を、僕に差し出しました。
「なんですか、これ…」
「開けてびっくり玉手箱よ」
「はい?」
「これを開けると煙が出て、浴びるとおじいさんになっちゃうの」
細胞を衰えさせる揮発性の物質があるとは聞いたことがありましたが、まさかこんなところでお目にかかるとは思いませんでした。
「なるほど、開ければたちまちご老体。ミミさんを愛して幸せなまま、天寿を全うできると言うわけですね」
「光子郎くんがカメモンと一緒に地上に帰るというのなら、それでいいの。私は光子郎くんに生きてほしい。でも、もしも一緒に残るというなら、これを」
「ミミさん…」
「私、光子郎くんと過ごせて、とっても幸せだった」
その瞳は清らかで美しく、主と呼ぶに相応しいものでした。
「おとぎ話のおしまいは、二人は幸せに暮らしました、でしょう?」
なんとかする方法がないか、僕は考えました。
ミミさんとともにハッピーエンドを迎える方法を。
どかん、と大きな音がしました。
ゲコモンやオタマモンたちが、叫んでいるのが聞こえます。
「どうするの?」
僕の心は、決まっていました。

それで、光子郎くんと乙姫様はどうなったの?
それはあなたが一番よく知っているんじゃないですか。
いいじゃない、聴かせてよ。
えーと、僕は玉手箱をシードラモンに投げつけて、その煙でシードラモンは老体になって戦闘不能となり、去っていきました。竜宮城の平和は守られました。
うんうん。
おしまい。
ちょっと!おしまいじゃないでしょ!
えー、僕とミミさんは、えー、いつまでも幸せに、暮らしています。
よくできました。

白い薔薇のように笑って僕の頬にキスをする彼女の指には、小さな真珠の指輪が光っている。

#光ミミ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/8/8「童話パロディ」

誕生日をお祝いするのなんてもう何回目かしらと口では言うものの、毎年この日は楽しみで仕方がない。
タケルくんに喜んでもらいたいって気持ちももちろんあるけど、いつも素敵なエスコートをしてくれるタケルくんが、今日だけは黙って私にエスコートされているなんて、ちょっとかわいいじゃない。
誕生日をふたりきりで過ごすようになってから、今年で10回目。
どこへ連れていこうかなんて考えるだけでもわくわくしちゃう。
麻布のカジュアルフレンチ?西荻窪の隠れ家バー?赤坂のオイスターバーもいいかしら。中野の熟成肉と日本酒のお店、おいしかったなあ。

タケルくんと一緒にいるようになってから、おいしいものに対するアンテナが鋭くなった。
タケルくんは、こんなのどこでみつけて来たのって思うくらい、お店とはわからない佇まいの、だけどおいしい小料理屋なんかいっぱい知っている。
母さんが教えてくれるんだよ、なんて言ってたっけ。
知らないお店でも興味をひかれるとおもしろそう!って入っちゃうし、お店の人とも仲良くなっちゃうから、私も新しいお店を開拓するのが楽しくなってきた。
普段は少食だけど、タケルくんと食べるごはんは楽しいから、いつもよりたくさん食べてしまう。

お店は渋谷のギリシア料理に決めた。小さいお店であたたかい雰囲気の、おかみさんが一人で切り盛りしているところ。
ハーフコースに手作りのバースデーケーキをつけてもらい、大満足。
タケルくんも珍しい料理が食べられてとっても興味深そうだった。
2件目はジャズバーで、こちらはタケルくんが以前から来たがっていたグランドピアノのあるお店。
バーテンダーさんに頼むとたまに弾いてくれるらしく、タケルくんはリクエスト曲なんて考えていた。
タケルくんはマルガリータ、私はペリーニで乾杯する。
今日は彼、お誕生日なんですよ、なんて言ったらバーテンダーさんがバースデーソングを弾いてくれることになった。
「改めて、タケルくん、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ヒカリちゃん」
バースデーソングの響くなか、彼はその手のひらにのせた小箱を私に差し出した。
「僕から、ヒカリちゃんに」
薄暗い店内で、彼のブロンドはより輝いている。
紺青色の上品な布張りの小箱をあけると、中にはきらきら光るちいさな星がおさめられていた。
「ネックレスだ…」
私の驚く顔を見て、彼は世にも満足そうな笑みをこぼす。
「ヒカリちゃん、誕生日に、毎年、僕と一緒にいてくれてありがとう」
涙をこぼさないように目を伏せるのがせいいっぱいだった。
自分の誕生日なのに、私にプレゼントなんて。
そんなしてやったりみたいな顔をして。
かわいくて、愛しくて、幸せで。
想い想われる関係が、こんなにもあたたかいなんて。
「ありがとう」
好き。大好きよ。
彼はにこにこと笑う。言わなかった気持ちも見透かしているように。
「つけてあげる」
タケルくんはそのお星さまを丁寧に四角い夜空から取り外した。
「ダイヤモンド?」
「うん、ちいさいけど」
金色の台座に包まれた透明な宝石は、ちいさくとも確かな存在感で輝いている。
彼の手が私の首筋を這い、金色のチェーンが肌をすべる。
みみもとに、息がかかる。
「似合うよ」
少年のような笑顔のまま、私の頬に、額に、唇に、キスをする。
こんな少しのお酒で酔ってしまったのかしら。
からだじゅうが火照ってしまう。
見計らったように差し出された2杯目のカクテルは、透き通った美しい赤色。
「キッスオブファイヤー」
ピアノから戻ってきたバーテンダーさんかこちらに向けてウインクした。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/8/7「誕生日」

いわゆる地域の夏祭りは、彼氏彼女か、または彼氏彼女になりたいひとたちが行くもので、まあ友達と行ってもそこそこ楽しいんだけど、どうにも肩身がせまく感じる。
中学二年生、恋に恋するお年頃。
学校でも周りはカップルだらけ。
学校の外でおててつないで歩いてる友達カップルなんかをみかけたら、気まずいことこの上ない。
だから行かないっていってるのに。
なんでお兄ちゃんはお祭り行かないのか、なんてきいてくるのかしら。
しかも、大輔とかタケルとかと行かないのか、だって。
デリカシーのないひと。
カップルで行くのが当たり前で、最後の花火をカップルで見ると幸せになれる、なんて言われてるお祭りに、なんで、なんで、すきなひとじゃない人と行かないといけないのよ。
なんで、すきなひとからそんなこと言われないといけないのよ。
私はぶすくれて、おやつのチョコレートと紅茶を持って部屋にこもっている。
昔ながらの祭り囃子が近くの通りのスピーカーから聞こえてくる。
空は水色からオレンジ色に変わっていく途中で、半分にわかれているみたい。
お兄ちゃんはお祭り、行ったのかしら。
誰と行ったのかしら。
結局考えて泣きそうになっているんだからどうしようもない。
私は、お兄ちゃんとお祭りに行きたかったの。お兄ちゃんと花火を観たかったの。
言わないんだからわかるわけない。
結局いつもそうやってぐじぐじ考えているだけ。
情けない、私の恋。

ふいにノックの音がした。
ヒカリー、はいるぞー。
慌てて身なりを正す。
あ、やばい、くつした落ちてる。
「なによお兄ちゃん、制服なんか着て」
高校の制服、なんでブレザーなのかな。詰襟も見てみたかったな。
「これから中学行くんだけど、一緒に行くか?」
疑問符が3つくらい浮かぶんだけど、それはまああとまわし。
「んもー、しょうがないなあ」
お兄ちゃんと一緒におでかけできるならなんでもいい。

中学に行くというので私も制服に着替えた。
浴衣の女の子たちとすれ違っても、惨めにはならない。
だって私は今、すきなひとと歩いてる。
学校に着くと、お兄ちゃんは開いてる入口から我が物顔で入っていく。
誰もいない、静かな廊下。
グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、どこいくの?」
「行けばわかる」
部活に顔を出すとか、先生に会うとか、そういうことだと思ってたけれど、お兄ちゃんはむしろ誰にも会わないように気を付けているように見える。
階段をのぼるたびに額に汗がにじんでしまう。
学校全体が大きなサウナのようだ。
最上階、屋上へ続く階段の踊り場まで来ると、お兄ちゃんはポケットからなんらかの細い棒を取り出した。
「え、ちょっと、お兄ちゃん」
がちゃん。
いとも簡単に鍵をあける。
「行こうぜ」
屋上に出ると、もう真っ暗だった。
街を見下ろすと、ビル群のあかりがきらめいている。
風がそよそよと吹き付け、スカートのプリーツを揺らす。
「時間ぴったりだぜ」
ひゅるるるる、と大きな音がした。
振り向くと、色とりどりの花が夜空に咲いている。
「花火だあ」
ひゅるるる、ぽん。ひゅるるる、ぽん。
「いいとこだろ」
「お兄ちゃん、よく知ってたね」
「まあな」
すきなひととお祭りの最後の花火を見たら、幸せになれる。
確かに、私は今しあわせだ。
ヒカリはね、お兄ちゃんと、お祭りに行きたかったんだよ。
でも、お兄ちゃんと一緒に、ふたりきりで、花火が観れただけで、今、涙が出そうなんだよ。
泣いてるのを気取られたくなくて、フェンスに手をかけて覗き込んでるふりをした。
「あぶないぞ」
お兄ちゃんが後ろから、私とフェンスを押さえるように手を重ねる。
お兄ちゃんの胸板を、背中で感じる。
お兄ちゃんの吐息を、つむじで感じる。
すきだよ、お兄ちゃん。
フェンスとお兄ちゃんの間にはさまれて身動きがとれない私は、そのまま幸せに身を委ねることにした。
ひゅるるる、ぽん。ひゅるるる、ぽん。
お兄ちゃんが何か言ってるみたいだけど、花火の音が大きくて聞こえない。
俺は、お前と、 ひゅるるる、ぽん、 だよ。
ひゅるるる、ぽん。
ねえ、今なんて言ったの?

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/8/7「夏祭り」

たくさんの夏を見てきた。
これだけ月日が立てば街並みも変わり、ほんの数日しか過ごしていないあの頃の風景をもう思い出せない。
私の魂はずっとひとところにとどまっている。

君のために命を散らしたこと、私は何も後悔していない。
君は私の命を救った。
あのとき私のからだは、心は、命は、君のものになった。
君を守り、君のパートナーを守り、君の望みを守れたことを誇りに思っている。
何も後悔はしていない。

だけど、次に君に会ったとき、私は、君に触れることさえできなかった。
すり抜けた、震えた手。
はっきりわかってしまった。
もう私は、君を守る存在になれないことを。

君のために生きていくと誓った。
だから君のために死ぬ。
当たり前だと思っていた。
喜びでさえあった。

だけど、君に触れられない。
肩を落としている君を抱きしめることもできない。
そんなことにも気付けなかった。
君の幸せだけを考えていたはずなのに、君を泣かせてしまった。
この手から零れ落ちていくものは、涙だけではなかった。

君のためだと思ってしたことは、私のエゴだったのか。
抗って、這いずって、君の隣にいればよかったのか。
君はどうしてほしかった?テイルモン。
お願いだから、そんなに泣かないでおくれ。
長い長い年月の中で、私は新しい望みを見つけたよ。

もしももう一度、君と巡り合って、触れ合える日がくるとしたら。
今度は君を死ぬまで離さない。

2015/8/3
テイルモンに愛を込めて

今日は何の日?なんて珍しい質問をしてくるから、驚いてそのいたずらっぽい瞳をじっとみつめてしまった。
二人がけのソファに並んでただでさえ近い距離をずいと詰めてくる。
あたたかい手を、彼女は僕の手に重ねた。
「今日は私たちが出会った日よ」
そうだ。16年前の今日。僕たちは出会った。そして、長い冒険をした。
「ついでにタケルくんが私のことを呼び捨てにした日でもある」
ヒカリちゃんがそんなセレモニカルなことを言うなんて思わなかった。
記念日とか、普段はあまり気にしてる風でもない。
付き合い始めた日でさえ特別祝ったりはしない。
なにかやるのは誕生日とクリスマスくらいだ。
「珍しいね、そんなこと言うなんて」
そんなめんどくさい女みたいな気持ちで言ってるんじゃないのよ。 彼女は少し不服そうな顔をする。
「私が冒険に参加したのは今日からだもの。私にとって大切な日なのよ」
ヒカリちゃんが8月1日にみんなで集まるとき、少しだけ、ほんの少しだけ寂しさを漂わせているのを僕は知っている。
「デジモンだけじゃない。タケルくんに出会えた。とっても大切な日」
僕にとってもそうだ。ヒカリちゃんと出会えた、大切な日。
だけど選ばれし子供たちみんなの記念日が8月1日だから、敢えてヒカリちゃんと僕が出会った日、なんて言ってしまったら、ヒカリちゃんが後から冒険に参加したことを気にしてしまうんじゃないかなんて思って、今までそんな風に言ったことはなかった。
ヒカリちゃんの方から、今日は僕と出会った日、なんて言ってもらえることが嬉しくて、つながっていない方の手で彼女を抱き寄せた。
頭がぽすんと僕の肩に乗って、君は、くすぐったそうな顔で笑った。
僕たちはぴったりくっついて、汗ばみながら、お互いの耳にだけ届くようにささやき合う。

私たちね、もう人生の3分の2も一緒にいるのよ。
そっか、8歳のときにであって、今日であれから16年か。
長いね。
うん。
早いね。
うん。
タケルくんが私の紋章を守ってくれた。
よく覚えてるね。
忘れられないよ、あの日のこと、全部。
そうだね、忘れられない。
タケルくんは、私より先に、死んだらだめだよ。
うん。
私を守るために死んじゃったりしたら、許さないからね。
わかってる。ヒカリちゃんもね。
うん。
一緒に、生きていこうね。

大切な人を失う痛みを知った
大切な人を想う愛情を知った
戦いのさなかで出会った君は
凛々しくて気高くて
まるで天使のようだった
君のこれまでとこれからを
抱きしめて生きていくことを
僕たちの運命が交わったこの日に誓う
僕たちのために散った命に誓う

2015/8/3
愛を込めて

海に行きたい。ヒカリは言った。誰もいない海に行きたい。
そうして今俺たちはここにいる。二人きりの砂浜。
誰もいない海がどこにあるかわからなかったが、誰もいなくなるまで待った。
ヒカリの白いワンピースは潮風に撫でられてくすぐったそうに膨らんでいる。
打ち寄せる波は足の感覚をほんの少しずつ削っていく。
真夏とはいえ深夜の海辺は少し肌寒かった。

「おにいちゃん」
誰もいない海辺で。真っ暗で何も見えない砂浜で。
素足で感じたい。違和感だらけの愛を。
白く細い腕が俺を抱きしめる。もうがまんしなくていいよね。
思いの外熱いヒカリの体温が、俺の体に棘のように刺さって抜けない。
俺はヒカリに向き直って正面から抱きしめた。
亜麻色の髪がさらさらと風に遊ばれている。
えへへ、とこちらを見上げるその微笑みは、ぞっとするほど妖艶だ。
愛してる。突然腑に落ちる瞬間がある。愛してる。
腕にいっぱい力をこめて、注ぎ込みたい。
触れたくちびるの先から、俺の魂が少しでもヒカリのものになればいい。
足元の砂が少しずつ波にさらわれていく。俺たちもこのまま波にさらわれて海になってしまえばいい。
世間とか、常識とか、倫理とか、そんなもんは全部燃やして、俺たちは海になってしまえばいい。
「好き」
ヒカリの声は波音にさえぎられてざらざらと俺の耳に届いた。
こんなときでも大きな声で言わないのは、もはや癖なのだろう。
残酷なほど愛おしくて、その頬にくちびるを寄せると、あたたかい雫を感じた。
「泣いてるのか」
「泣いてるのはおにいちゃんよ」
ヒカリが俺の目元に手を添えると、あふれた雫がヒカリの指先に滴っていく。
ヒカリはその指を自分の口に持っていき、俺の涙にキスをした。
ちいさなこどものようにちゅっちゅと自分の指を吸う、その姿に、打ち震える。
俺の愛は間違っていたんだろうか。
夜に消えてしまいそうに儚い少女。どうか連れて行かないでくれ。

最初から分かっていた。誰にも望まれない愛だということを。
だけど俺は望んだ。ヒカリは受け入れた。そういうことだった。はずだった。
やめてもいいんだ。壊れちまうくらいなら。なのに言えない。
さっきよりも少し高い波が背中に当たり、体制を崩した俺はそのまま水中に倒れこむ。
暗く冷たい海の中で、俺たちは愛し合う。
ああ、このまま海にとけてしまいたい。
お前とふたりで海にかえってしまいたい。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/7/24「海」