甘い花 誘われるまま口づけた 君の背中に止まる蝶々

段ボールやら模造紙やらを抱えて右へ左へ廊下を駆け抜ける生徒たち。
あれが足りないとかこれはどこだとか終わらないとかおなかすいたとかいたるところで言葉が飛び交い、学校全体がふわふわしている。
かくいう私の格好も負けず劣らず浮かれているのだ。
「八神さん学校演劇だっけ?素敵ねその衣装!」
本部設営に駆り出されている女子バレーボール部の部長はさわやかにポニーテールを揺らして通り過ぎた。
ちょっとここで待っててねと言われておとなしく廊下に立っているのだが、いかんせんこの格好は目立つ。
見知らぬ先輩後輩からも、主役頑張って、見に行きます、模擬店やってるから来てね、なんて声をかけられる。
蛍光黄緑の実行委員はっぴをひるがえし満面の笑みをたたえたクラスの女子は、
「最高!」
すれ違いざま親指を立てて駆け抜けていった。
「きゃー!!!」
突如数学準備室からきこえてきた歓声は4階の廊下中に轟き、校舎全体に駆け巡る。
がらんと勢いよく扉が開き、体中に熱気をまとった少女が数人、ぶんぶんと手招きをした。
「八神さん、入って!」
「八神先輩はやくー!」
引きずられるように教室に連れ込まれると、そこにおわすはまこと麗しいプリンセス。
さらさらと美しい金髪はまっすぐ腰まで伸び、透き通るような白磁の肌によく映える。
薄く紅がひかれた唇がたたえる笑みは至上の歓びだ。
サファイアを埋め込んだ瞳に閉じ込められてしまいそう。
深緑のパフスリーブドレスはウエストのあたりでぎゅっと絞られて、そのからだの華奢さを際立たせる。
バックはボルドーのリボンで編み上げて、肩甲骨のあたりで飾り結びされている。
花びらのごとく重なったボリュームのあるスカートが地面すれすれまで広がり、クリスタルガラスで刺繍されたレースがきらきらと揺れていた。
「タケル君、完璧ね」
金髪碧眼の乙女は、その美貌から想像するにはいささか低めの甘いテノールで歌う。
「ありがとう」
これが17歳の少年だなんて信じられないわ。
「ヒカリちゃんだってかっこいいじゃない」
可憐なプリンセスは茜に染まった存在感のある唇の端を無邪気に上げて私の手を取る。
「似合ってるよ、王子様」
キャスト決めのとき、タケル君は王子様、私はお姫様になんとなくおさまりかけていた。
凪いだ空気に響いたのは澄んだテノール。
僕がお姫様でヒカリちゃんが王子様の方が、おもしろいんじゃないかな。
教室が熱狂に包まれたのは言うまでもない。
かくして、プリンセスとプリンスの衣装をまとった主役二人が数学準備室にて再開を果たしたのであった。
学校演劇衣装班の面々は己が仕事の出来栄えに満足そうだ。
「八神さんのメイク私がやったのよ」
「凛々しくていいかんじですよねー!」
「このウイッグ、値段の割に出来がいいわ」
「高石先輩背中めっちゃきれい!」
「そんじょそこらの女子高生には敵わないわね」
「私学校演劇にしてよかったー」
「さすが美男美女カップル!」
「目の保養ですね…」
「ふたりともキレー!かわいい!かっこいい!」
女子に囲まれてほめちぎられて、なんだか面映ゆい。
タケル君は照れた素振りもなくて、こういうときに経験の差が出るのねと感心してしまう。
「ほら、写真撮るわよ、王子様、お姫様」
「明日は忙しくて撮る暇ないだろうから、今日いっぱい撮っときましょ」
モスグリーンのビロードのドレスは私のチョコレートブラウンのジャケットによく映える。
10cmヒールの皮ブーツを履いても、まだちょっとだけタケル君のほうが背が高い。
「ずいぶん大きいお姫様ね」
「身長はどうしようもなかったなあ」
口元をおさえてふふふと笑う。どこからどうみても素敵なプリンセス。
「きれいだからいいのよ!」
「そうです、作り甲斐がありました!」
手芸部有志たちが力強い声を上げる。
部活でのファッションショーもあるというのに、有志参加の学校演劇でまで衣装を作ってくれた今回の功労者だ。
有志の数は増えに増え、大輔君らサッカー部の面々が書き割りを作ってくれ、京さんのパソコン部は学校演劇特設サイトを作ってくれ、運動部のみならず自分たちの発表や展示のある文化部の面々までもがかなり協力してくれた。
これもひとえに、プリンセスタケルの人望と美貌のなせるわざ。
「僕たちはそろそろ講堂に行こうか」
「そうね、リハーサルはじまっちゃう」
今日はリハーサルとゲネプロ、そして明日の午後には幕が開く。
「ちゃんとエスコートしてね、王子様」
お姫様の手を取って、指先に口づけのまねをした。
「参りましょう、お姫様」
腕を組み、黄色い声を背中に浴びながら熱気のこもった数学準備室を出た。
あけ放たれた廊下の窓から入ってくる風は秋のにおいがする。
「なんでタケル君、自分でお姫様やるなんて言ったの?」
タケル君はすれ違う男子ににこにこ手を振っている。
「ヒカリちゃんはお姫様やりたかった?」
「ううん、女の子が王子様やれる機会なんてないし、かっこいいって言われるのはちょっとうれしい」
「ならよかった」
普段は見上げる碧い瞳が目の前にあるのは懐かしくて、そのサファイアに自分を映す。
「でもタケル君は、かわいいなんてキャーキャー言われるの好きじゃないんじゃないかなって」
「それはまあそうなんだけど、お祭りだし楽しくやりたいしね」
私の肘に添えられているタケルくんの指に、ぎゅっと力が入る。
歓声に湧くギャラリー。
だれかがぴゅうと口笛を吹いた。
「ヒカリちゃんは僕だけのお姫様だから」
頬につけられてしまった赤のルージュは、金髪碧眼の美少女よりも明日の話題をさらっていった。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/11/13「学園祭」

Posted by 小金井サクラ