盲目のキューピッドにはわからない 言葉にしない沈黙の恋 

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。

ずっとあなたを見てきました。
肩まで伸びた髪をゆらして、背筋をぴんと張って歩くあなたを見てきました。
はじめて会ったのは、雨の日でした。
学校でなにかとつっかかってくるやつらとたまたま道で会い、図書館で借りた本を、なんだか頭が良さそうで気に入らないという理由で水溜まりに投げ捨てられました。
僕はなにもできずに雨に濡れていました。
やつらは下卑た笑いを残して去っていきました。
目の前に、中のページまでしっかりしめった本を差し出されました。
「大丈夫ですか?」
彼女はルビー色の瞳で僕をじっと見ていました。
白いハンカチで本のカバーを拭いて、そのままハンカチで本をくるんでくれました。
受け取ったとき、ほんの少しだけ、指先が触れました。
雨の粒がぴしゃんと、僕と彼女の指先に落ちました。
恋に、落ちました。
図書館の本はぐしゃぐしゃで、まともに読めるのはソネット18番だけだったので、新しく買い直して納めてきました。
かわいてかぴかぴになった本を、僕はいつも持ち歩いています。

手紙を、書きました。何回も書きました。
恋をすると誰でも詩人になると言います。
あなたを目の前にして思いを口にすることなんか到底できないけれど、無言の言葉を綴ることで少しでもかたちになればと思っていくつも手紙を書きました。
あなたをずっとみてきました。
膝丈の制服のプリーツをゆらして歩くのを。
同じ制服姿の男と一緒に歩くのを。
僕とほんのちょっぴり触れあった白く細い指先が、その男の手に重なっているのを。
晴れた日は公園のベンチで肩をならべて、おしゃべりしているのを。
雨の日は傘にかくれてこっそりくちづけしているのを。
ずっと見てきました。
その男は輝くようなブロンドに、深い海のような瞳を持っていました。
誰も入っていけないなにかが二人の間にあることはすぐにわかりました。
お互いがお互いを必要とし、補い、支えあっているように見えました。

僕は、一度だけあなたに話しかけたことがあります。
あなたが本をくるんでくれた白いハンカチを返したときです。
おそらく金髪の彼を待っているのであろうあなたに、あらんかぎりの勇気を持って声をかけました。
「あのっ…」
彼女はルビー色の瞳で僕をじっと見ていました。
無言で白いハンカチを彼女の目の前に差し出すと、彼女のまるい瞳はさらに大きくまるくなりました。
彼女を真正面から見ると、僕はからだの底からあつくなり、手足がぴりぴりしてきました。
「ありがとう、ございました」
もっとほかに言いたいことがたくさんあったはずなのに、僕の口はそこから動かなくなってしまいました。
「ヒカリちゃん、お待たせ」
ブロンドを揺らした好青年が、僕と彼女の間に立っていました。
「タケルくん!」
彼女の顔は花が咲いたようにほころびました。
「じゃあ、僕はこれで」
「わざわざありがとうございました」
立ち去ろうとする僕を、彼は少し怪訝な顔で見ていました。
僕は、いまだになぜそうしようと思ったかわからないのですが、彼と彼女に向き直りました。
「お似合いですね」
彼らの頬が赤く染まって行くのを見ました。

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。
だから、あなたと支えあっていけるひとがいて本当によかったと思います。
僕は、ずっとあなたを見てきました。
あなたが、彼以外のひとと話すとき、少しだけ、うっすらと、自分を膜で覆っているのを知っています。
彼といるときのあなたは、あたかも彼と一心同体であるような、穏やかな空気に包まれています。
あなたにそんな幸せそうな表情をさせる彼がいてよかったと、ほんとうに、心の底から思います。

八神ヒカリさん。
僕はあなたが好きです。
どうか幸せになってください。
僕なんかがつけいる隙がないように。
僕が書いた154のソネットが、決して日の目を見ることがないように。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/9/4 お題自由

Posted by 小金井サクラ