一生をかけて守ろう 愛という呪いをかけた君の人生

電話のベルがけたたましく鳴った。
僕はカップを倒してしまい、泥水のようなコーヒーが机の上を漆黒に染める。
背筋がぞくぞくするほど冷たく響くコール音に耐えきれず受話器を取ると、頭のてっぺんから爪先までを凍らせるような言葉。
「すぐに来てください」
コーヒーがぽたぽたと僕の足元にしたたり、カーペットに黒点を作った。

「お台場総合病院まで」
タクシーの運転手は無愛想にあいよと答えて車を走らせる。
普段なら10分程度の道程なのに何時間もかかっているような気がした。
昨日はあんなに元気だったのに。
今朝も笑顔でいってらっしゃいのキスをしたのに。
ああ神様、どうか彼女を助けて。
いや、この際神様でなくてもいい。
悪魔にだって僕の魂なんかいくらでもくれてやるから、どうか。
ヒカリちゃん。ヒカリちゃん。ヒカリちゃん。
君が無事でなかったら僕はどうすればいい。
嫌だ、そんなこと考えたくない。
こんなとき、僕にはなにもできない。
「お客さん、大丈夫かい?真っ青だけど」
祈っているうちに到着したらしい。
財布から紙幣を2枚ほどもぎとってほとんど投げるように差し出した。
困惑している運転手を気遣う余裕は今はない。
湿り気のある空気が体にまとわりつく。雨の降りそうな曇天。

エレベーターを待つ時間も惜しくて、階段で4階まで駆け上がる。
口だけはヒカリちゃんヒカリちゃんと繰り返しながら。
息をきらせてナースステーションまで行くと看護師さんが僕に気付き、
「高石さん!」
もはやヒカリちゃんとしか口を動かさなくなっている僕に、落ち着いてください、と病室を教えてくれた。

彼女は眠っていた。
美しい、女神か、天使か。
白い肌はより白く、透き通るようなくちびるからは吐息がもれ聞こえる。
ああ、生きてる。
布団の上から彼女の腹部に手を当て、何度も撫でる。
「タケルくん…」
僕のお姫様が目を開けた。
寝たまま腕をのばして、僕の頬やわらかく触れる。
「泣かないで。私は大丈夫。ちょっと入院が必要だけど」
「お腹の子は?」
「無事よ」
その言葉に、僕の目からは余計にあふれでる涙、涙、涙。
「呼ばれた気がしたの」
「…それは、闇に?」
横に首をふると亜麻色の髪がはらりと揺れた。
頬に添えられた彼女の手をぎゅっと握る。
「タケルくんの声が聞こえた」
「え?」
「何度も、何度も、私を呼んでた」
僕にはなにもできない。祈ることしか。
「タケルくんが、私とこの子を守ってくれたのね」
ああ、君は、女神か、天使か。
横になっている彼女に覆い被さるように抱きしめる。
「タケルくんの涙って、あったかい」
あたたかいのは、君を想って愛があふれているから。
「君が助かるなら僕はどうなってもいいって、悪魔に祈ったんだ」
「おばかさんねえ」
彼女は少し起き上がり、僕の背中に腕を回す。
僕の体に広がっていく、慈愛に満ちたぬくもり。
「あなたがいなくなったら残された私とこの子はどうなるの」
神様、彼女の髪を、手を、体を、唇を感じられることを感謝します。
「もう二度とそんなこと考えないで。生きることを投げ出さないで」
窓から差す光がカーテンに反射し、聖母を包み込む。
「新しい命のために、一緒に生きましょう」
彼女の体に宿る小さな光。
この光を守ると誓おう。
君が僕たちの、希望の光。
「愛してる」
愛してる。愛してる。愛してる。
この言葉が彼女たちを守る盾となりますように。

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/5/23「希望の光」

Posted by 小金井サクラ