衝動が季節外れの桜桃をもいでしまった 夏の夕暮れ
昨夜はなかなか寝付けなくて、ようやく夢の中へ落ちて行けたと思ったら、あなたの夢を見た。
着信はなし。受信メール、0件。
どうしてなにも言ってくれないの。
私の心はお兄ちゃんの寝癖よりも乱れに乱れて、かたちをなくしてしまっている。
私、こんなにこんなに、あなたのことを考えている。
はじめてキスをした次の日は、誰でもこんな風になってしまうの?
学校で会ったタケル君は私を見つけると、「おはよう」とだけ言ってすたすたと教室に入ってしまった。
授業中も、いつもはにこにこ目配せなんかしてくるのに、今日は全く見てこない。
開け放たれた教室の窓から夏の風が吹き込んで、セーラー服の襟がが大きく波打った。
昼休みになると、タケル君が私の席に来た。
「一緒にごはん、食べるよね」
髪が顔にかかって表情がよく見えない。
私は返事の代わりに、お弁当を持って立ち上がった。
いつもの数学準備室。
向かい合うのが恥ずかしくって、隣に座ってお弁当を広げる。
お弁当食べながら、昨日の話をするのかしら。
どうしよう、私のきもちは全然定まってない。
何を口にしているかわからないままごむごむと口を動かすだけでお弁当箱は空になっていた。
どきどきしすぎて、もうわけがわからないの。
どうしてタケル君はなにも言ってくれないの?
「ヒカリちゃん」
いつもよりも低いトーンに身動きがとれなくなる。
「こっちむいて」
張りつめた弦のような声だった。
私は今日はじめて、タケル君の顔をちゃんと見た。
どうして、どうして、どうして、そんなかおしてるの。
「どうしてキスしたの」
「したかったから」
「したかったらするの?恋人でもないのに?」
「恋人じゃなきゃしちゃいけないの?」
いつのまにか指が彼の手の中に収まっていた。
「僕はヒカリちゃんが好き。したかったからキスした。恋人じゃなきゃキスしちゃいけないなんて思わない」
いつのまにか膝と膝が重なりあうほど距離がなくなっていた。
「嫌だった?」
昨日からずっと考えていた。私はいやだったの?タケル君にキスされるのが?
「いやじゃないよ…」
嫌じゃなかったから考えていた。タケル君は私をどう思っているのか、私はタケル君をどう思っているのか。
タケル君は私を好き?じゃあ私は?
「じゃあ、何をそんなに困ってるの」
「私は好きって感情がよくわからないの。昨日からずっと考えてた。でもね、全然答えが出ないの。全然眠れなくて、夢にもタケル君が出てきたの。学校で会ってもそっけなくて、タケル君は何考えてるのかわからなかったの」
彼の金色の髪がふわりと揺れる。
「ずっと?昨日からずっと、僕のこと考えてたの?」
碧い瞳はじっとこちらをみていた。
「キスされたのが嫌じゃなくて、僕のことずっと考えて、夢に見るまでだったんでしょ」
破顔とは、こういう顔のことを言うのだろうか。
「うん…」
「ずっと考えてたなんて殺し文句だ」
そう言って、くちびるは自然に重なった。
恋とかはまだわからないし、私がタケル君のことを本当に好きなのかもわからない。
だけどタケル君の唇が、私の唇とぴったり合うことだけはわかる。
このまま身をゆだねることが正解だと、唇は知っている。
遠くで鳴っているチャイムに聞こえないふりをした。
#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2015/5/16 お題自由