恋をした 10年経っても恋してる 50年後も恋をしようよ

今日は朝からバタバタして落ち着かない。あれやこれやとしているうちにもう昼過ぎだ。
ひとやすみしましょうと、彼女が紅茶を淹れてくれた。花びらがたくさん入ったフルーティーな香りの紅茶だ。
お気に入りのソファでティータイムなんて、なんだか幸せな気分になる。
「私たち、付き合って何年くらいたったのかな」
「10年ちょっとかな。」
「二人で暮らしはじめてからは?」
「もうすぐ3年だね。」
「なんか、早いねえ」
カップについた口紅をぬぐう彼女をみて、大人になったなあと僕もしみじみしてしまう。
「タケルくん、告白してくれたときのこと、覚えてる?」
ほんの少しだけ、横目で僕を見ながら君はそんなことを言う。
「恥ずかしすぎて忘れられないよ。」
苦笑している僕の方を向いて、今度はしっかり目を合わせる。少女のような瞳。
「私一言一句思い出せるわ」
「思い出さないで」
ヒカリちゃんにとっては記念すべき出来事だったのかもしれないが、僕には思い出どころか黒歴史だ。
「爆発する、僕のアムール」
「こらこら」
「君の心のフォーカス、誰に合っているのか、それだけ」
「やめてー!」
「知りたいんだ」
ああ、中学生の僕よ。
ヒカリちゃんのことが好きで好きで好きですきでたまらなくて思い悩んで、色んな恋愛の歌を聞いて、恋愛物語を読んで自己投影した結果、えらくポエミイになっていたあの頃の僕よ。これは一生言われ続けるから覚悟しろ。
「あのときかけてた曲のタイトル、わかる?」
「曲はわかるけどタイトルまでは…」
あのときの彼女が知らなくて本当によかった。
僕も歌詞の意味をはっきり知ったのは告白した後だったから、もしかしたらえらく大胆なことをしてしまったかも知れないと実はずいぶん悶々としていたのだった。
「Je te veux.」
「フランス語?」
「そう。あなたが欲しい、って意味。」
「あらまあ」
なんて笑顔だ。そんな慈しむような目でみるのはやめてくれ。
「すごく恥ずかしい」
隠しても隠しきれない恥ずかしさをごまかすために紅茶をいただく。口もとに近づけると、華やかな香りがした。
「タケルくんでも恥ずかしいなんてことあるのね」
「あたりまえだよ、どれだけ緊張したと思ってるの」
「緊張、してくれてたのねえ」
あのときのことで覚えているのは、とにかくヒカリちゃんに思いを伝えたかったこと、その肌に触れたかったこと、いざ目の前にしたらあまりにも君が可愛すぎて、キスしたくなったこと。
「Que mon c?ur soit le tien,
Et ta levre la mienne.」
深海にいるみたいに、他になにも聴こえなくなる。ただ君だけを五感で感じるキス。
「Que ton corps soit le mien,
Et que toute ma chair soit tienne.」
僕たちはお互いに溶け合って、どっちがどっちかもうわからない。
心も体も、僕は君のものになり、君は僕のものになる。
「私ね、もしもこどもができたら、お父さんはこんなにお母さんのことが好きなのよって教えてあげるの」
「じゃあ僕は、お母さんはこんなにお父さんのことを愛してるよって教えてあげよう」
ふふふと君は笑って、僕の鎖骨に唇を這わせた。

「そろそろ出ようか」
彼女はウエストで切り替えのある紺のワンピースに着替えた。
襟のステッチがかわいい僕のお気に入りの服だ。
「僕の格好、へんじゃない?」
ジャケットはどうにも着なれなくて、上手に着れているのかよくわからない。
「とっても、素敵よ」
今日は彼女の家でごちそうになる予定だ。きちんとしていかなければ。
「ああ、緊張する」
「ちなみに今夜はお寿司だそうです」
「うわあ」
うれしいけど、喉を通るかどうか。
「大丈夫?僕殴られたりしない?」
「お父さんは大丈夫だろうけど、お兄ちゃんには、殴られるかもね」
いたずらな瞳でにこにこ笑う君。
「こわいこと言うなあ」
「冗談よ。むしろ、ふたりとも泣いちゃうんじゃないかしら」
「それもきつい」
どちらにせよ彼女の兄の餌食になることに間違いないようだ。
「頑張って!白馬の王子様になってくれるんでしょ!」
「もうやめてってば!」
満面の笑みで10年前のセリフを未だに蒸し返す彼女は、僕の背中をぽんと叩いて玄関に向かった。
ついこの間買ったばかりの青い石のついた指輪が、薬指できらきらと小さな光を帯びている。

Posted by 小金井サクラ