「世界一あなたのことが好き」「いつも笑っていてほしい」「キスしよう」

「なんで怒ってるの」
「別に、怒ってない」
「来年からはもうお返しはしないから」
満面の笑みをその端正な顔に貼り付け、私の隣に座った。
ソファのスプリングが低く唸る。
今日一日中タケル君が学校で配りまくっていた小袋を指先でぱちんと撥ねると、それはあっけなく転がった。
カラフルなキャンディが入った透明な袋は、赤いタイと造花で口を結ばれている。
おしゃれでかわいい、いかにもな義理お返しだ。
お返しそれ自体は何の問題もない。私が口を出すべきことじゃない。
けれどラッピングに使われている小さなアネモネは、大きく私の心を乱すのだった。
きっとタケル君は気づいてもいないだろう。
気をきかせたお返しが、気を持たせるようなものになってしまっているだなんて。
そこについている花がどういう意味を持つかなんて。
価格と数と見た目が手頃だっただけで、そこまで考えていないはず。
だけどそれを受け取る女の子たちは、ほんの少しの期待を膨らませるかもしれない。
高石くん私のこと好きなのかな、なんて思うかもしれない。
タケル君に恋をしている女の子が周りにたくさんいる状況なんて昔から慣れっこだ。
中学の卒業式なんて告白待ちの列ができたくらい。
それでも、タケル君が別の誰かを好きかもしれないなんて、そんな風に思われるのは、正直面白くない。
もちろん他人の考えることを制限するなんて無理な話だ。
片思いであればなおさら、好きな人が自分を好きかもしれないなんて甘い夢を見る。
私だってタケル君と恋人になる前は、タケル君の言動にいちいち期待したり落ち込んだりしていた。
なのに自分が恋人というポジションにおさまった途端、他の女の子たちが同じように一喜一憂しているかと思うと胸の奥がひりひりと焼け焦げてゆく。
なんて傲慢な考え方。
狭量な自分が心底嫌になる。
そう、結局のところこれはつまり。
「ただのやつあたりよ」
「そのやつあたりの原因をきいてるんだけどな」
私の右手をとり、指をきゅっとからめてきた。
カーテンから夕陽がもれて、金糸の髪にきらきらと反射する。
「今度調べてみたら?アネモネの花言葉」
「花言葉?」
「赤ね」
サファイア色の瞳を大きく見開いて、でもすぐにいつもの笑顔に戻った。
私が怒ってると思ってるからか、彼は今日、異様なほど私に気を遣っている。
にこにこ笑顔を崩さず、スキンシップが多めで、とびきり優しい。
ともすればいつも通りにみえるその行動からは、いささかの緊張感が伝わってくる。
不器用な人。
タケル君に怒っているわけじゃないし、ただの自己嫌悪なだけなんだけど、こうしてタケル君が私のご機嫌をとろうとしているのには申し訳なくなってくる。
そんなことしなくていいのよ。
私は右手をぎゅっと握り返す。
タケル君も、さらに指に力をこめる。
互いの顔を見合わせると、笑みがこぼれた。
それは汎用的な笑顔じゃない、タケル君がいつも私だけに見せてくれる顔。
「花言葉って、勝手に作っていいんだってね」
彼はローテーブルにちらりと目をやる。
「そうなの?」
「うん、特にきまりはないみたいだよ」
細身のガラスベースにしとやかにたたずむ一輪の赤い花。
花弁をくるりとそらしたかわいらしい姿に、春が漂ってくる。
「これの花言葉はね、」
タケル君は私の耳元にくちびるを寄せた。
「それ、花言葉っていうのかしら」
ふふふと笑って目を閉じる。
彼は私の頬に指を滑らせる。
やわらかな愛が、花びらを揺らした。

 

#タケヒカ版深夜の真剣お絵かき文字書き60分一本勝負
2016/2/5 「花言葉」

Posted by 小金井サクラ