報われぬ恋の捨て方わからない 愛し愛されてみたいだけ

また熱を出した。
季節の変わり目には決まって風邪を引く。
一人きりの部屋で横になっていると、私はいつも同じことを考える。
そんなに御大層なことじゃない。
中学生女子にありがちな、なんでこんなに彼のことすきなんだろう、といったことだ。
一人でベッドに横になって、大好きな人のことをゆっくり考える。
優しくて、意志が強くて、思いやりがあって、みんなから尊敬されてて、思慮深くて、決断力があって、私のことをとびきり大切に思ってくれている。
あんなあったかい瞳に見つめられて好きにならない人なんているんだろうか。
なんて素敵なんだろう。
上げればきりがないくらい。
ほんとはね、あなたのことぎゅっと抱き締めて、耳もとで好きよって言って、手を握って、見つめあって、唇をよせて、体温を感じあって、それから…

コンコン、と丁寧なノックの音がした。
抱き枕のようにぎゅむと抱いていた掛け布団をそそくさと直し、どうぞ、と声をかける。
誰が来たのかは分かる。私の部屋に入るのにノックをして返事を待つ人なんてひとりしかいない。
「具合はどう?」
案の定、金色のやわらかな髪をゆらした少年がドアのすきまから顔を出した。
「まだちょっと、だるいかな」
彼はいつも私の部屋に来ると、ベッドの角を背もたれのようにして座る。私は彼のためにクッションを買った。背中が痛くないように。
でも今日は私がベッドにいるから、彼はいつも背中にあてているクッションを床に敷いて座った。
タケルくんは私の恋人。
「起き上がらなくていいよ」
碧の瞳をこちらに向けて微笑む。
タケルくんは私の恋人。
「いいの。寝すぎてちょっと退屈だったから」
彼は私の頬に手を当て、じっと私を見ると、もう片方の手を額に当てた。
「まだちょっと熱っぽいみたいだね」
手も目もはずさないまま、彼は言う。
「誰のことを考えてたの」
海のような紺碧の瞳が私をとらえて離さない。
どうしてこの人にはすべてわかってしまうんだろう。
「大好きな人のことを、考えてたの」
いつの間にか彼の腕は私の背中に回されていた。
彼は何も言わず、ただ私をぎゅうと抱き締める。
耳にかかる吐息からじんわりと彼の熱が伝わってくる。
あなたはなんで私のことをこんなに想ってくれているんだろう。
なんで私は、あなたが私を想ってくれているのと同じように、あなたを想っていられないんだろう。
なんであの人は、私があの人を想うのと同じように、私のことを想ってはくれないんだろう。
「好きだよ」
絞り出された彼の想いが胸を突く。
「うん」
優しくて、意志が強くて、思いやりがあって、みんなから尊敬されてて、思慮深くて、決断力があって、私のことをとびきり大切に思ってくれている、私の恋人。
あなたとあの人は似ているの。
私の大好きなあの人の好きなところは、あなたにもあてはまるのに、どうして、こんなに、全然違うの。
「泣かないで」
知らぬ間に流れていたらしい涙を指先でぬぐって、彼は目元に優しくキスをくれた。
全てを知って受け入れてくれる彼に甘えている私はずるい。
「僕はヒカリちゃんが好きだから、ヒカリちゃんが誰を好きでも、僕のそばにいてくれるだけでいいんだ。いつも言ってるでしょう」
自己嫌悪でぐちゃぐちゃになりそう。
なんで私はこの人のことを愛せないんだろう。
いや、愛してはいる。他の人とは違うとても特別な想いを抱いている。けれど。

なんで私の大好きな人は私のお兄ちゃんなんだろう。

「嫌いになってくれたらいいのに」
彼の顔が歪むのが、見えなくてもわかる。
「僕が?それとも、太一さんが?」
私が妹じゃなければよかったなんて思わない。だって妹だから、とびきり大切にされて、優しくされて、思われてきた。でもお兄ちゃんは私のことを、私と同じように想ってはくれない。
「嫌いって、言って」
お兄ちゃんが私を嫌いになったら、お兄ちゃんを好きなことをやめられるんだろうか。
タケルくんが私を嫌いになったら、タケルくんに甘えるのをやめられるんだろうか。
「好きだ」
あなたは、いつもそう。
ぐずぐずしている私を、どんと落とし穴に突き落とす。そうして落とし穴に迎えにくるみたいに私を愛するの。
ぎゅっと、私の体を抱く彼の腕に力が入る。
本当はどっちにも嫌いになんてなって欲しくない。
本当は私が一番私を嫌い。
だけどわからないの。この気持ちをどうすればいいのか。
どうすればこの恋が終わるのか。
終わらせたらどうなるのか。
彼の手のひらが私の頬に添えられる。
ゆっくりと、吐息を混ぜ合うように口づけた。
「風邪、引いてるのにごめんね」
首を振るかわりに、もう一度唇を軽く重ねる。
「風邪、うつったらごめんね」
私は最低だ。彼の気持ちを利用して、甘えて、傷つけて、なんて、醜いんだろう。
でも私は知っている。醜くて汚い私を彼が全部まるごと受け入れてくれることを。
苦しい恋を諦めてしまいたくなるような、甘美で残酷な私の恋人。

Posted by 小金井サクラ