愛だとか恋だとか友情だとか 決められないよ特別な君
最近よくきかれるの。タケルくんとどういう関係なのって。」
唐突に、心底面倒くさそうにヒカリは呟いた。
ソファに深く腰掛け、クッションをぎゅうぎゅう抱きながら、不服そうな顔でこちらを見ている。
「なんて答えるの?」
「友達だよって。だって面倒くさいじゃない。」
穏健派な彼女としては、不要な争いは避けたいがためにそう言うのだろうが、納得しないのだ。僕たちの周囲の人々は。
中学に入ってから、僕たちの環境は大きく変わった。
2年生になっても僕たちがあまりに仲が良いせいで、彼女は一部の、僕のファンだと自称する女子たちからやっかまれている。
まったくオンナノコは大変だ。
僕はといえば、のらりくらりかわしている。太一さんとお兄ちゃんが仲良いから僕たちも小さい頃から仲良くて、なんて言っておけばまず問題ない。
男は縦社会だから、太一さんなんて部活動に影響力のある先輩とつながりがあるってだけで不用意に手を出されることはないんだけど、女子はそうもいかないみたいだ。
大人っぽく色っぽくなってきた彼女は男子の人気もあるもんだから、羨望と嫉妬の入り交じった感情をぶつけられることは多い。
友達なんてうそ、付き合ってるんでしょ、付き合ってないならなんでそんなに仲良いの、色んな男もてあそんで、男好き、なんて、結構言われてるらしい。
まったく、ばからしい。 僕のファンだと言うのなら、僕の耳に入らないようにしてくれよ。
幸いヒカリちゃんはそんなに気にしていないようで、ただただ対応が面倒なだけらしい。
正直怒鳴り散らしてやりたいこともあるけど、彼女はそんなことを望んでないのでじっと我慢だ。
名前も顔もわからない君たち何十人よりも、八神ヒカリのことをどれだけ僕が大切に思ってるか。
それが恋なのかという一点だけがみんな気になるみたいだけど、僕たちの間にあるものは、果たして。
「どういう関係、か。難しいね」
「友達、親友、仲間、兄弟、家族、どれもあてはまるような気がするし、どれも違う気がするの。」
僕たちには僕たちにしかない時間が流れている。あの冒険で一緒に戦って、涙した経験をたった一言で言い表せるわけがない。
「変な話、恋人になろうって言われたらなれると思うし、そのまま結婚してもいい関係を築けそう。」
彼女は下から覗き込むように僕の顔を見る。クッションで隠れてはいるけれど、その唇の端は少しだけ上がっているのだろう。
あなたもそう思うでしょう、とでも言いたげに。
「たしかに、恋愛よりは結婚の方が僕もしっくりくるかな。」
アイスティーの氷が溶けて、かろん、と小さな音をたてた。
「広い意味で、愛よね。」
「そうだね、広い意味で愛し合ってると思うよ。」
両腕で彼女が抱え込んでいるクッションを、ぽふん、と軽くたたく。彼女は満足そうに笑みをこぼす。
彼女を守りたいと強く願ったあの頃。
彼女を守る強さが欲しい。闇に引き込まれてしまう彼女を取り戻せる希望になりたい。
これは愛だ。恋愛かどうかは別として、これは愛だ。
僕たち2人の紋章は特別で、僕たちの間には他の人が決して踏み込むことのできない部分がある。
あの冒険で一番年下だった僕に、守られるべき存在だった僕に、守りたいものができた。
でも君はもちろんただ守られるだけではなくて、気高くて、強くて、美しかった。
女神みたい、と憧れたのは僕の方。
僕がヒカリちゃんを守るんだと思っていた。だけど、救われたのは僕の方。
彼女を守るという役目を果たせることが、僕にとっての誇り。
彼女があの暗くおぞましい海に行ってしまったとき、彼女が僕の呼びかけに応えて、僕を呼んでくれたから、僕は君を迎えに行くことができた。
太一さんやテイルモンと同じくらい、僕もヒカリちゃんの中で特別な存在になれてるかな。
「正直、お兄ちゃんやタケルくんをさしおいて、それ以外の人を恋愛として好きになれる気がしないの。」
「僕を越えても太一さんがいるんじゃ無理だろうね。」
彼女にとっての神であり太陽であり理想の男性である兄は、僕がどれだけ進化したって敵う相手じゃない。
彼女の恋人の座を手に入れるためには、太一さんより魅力的にならないといけないなんてハードルが高すぎる。クラスメイト程度では全く歯が立たないだろう。
かといって僕だって誰かと恋愛をするだなんて考えられない。
友達のような恋人のような家族のような、こんなに大切な人がいるのに、他の誰かに恋愛感情を持つことなんてあるんだろうか。
大きなクッションを自分の膝にのせ、彼女は僕との距離を縮めてくる。
「私たちの関係をこれってあてはめて名前をつけることはできると思うけど、でも結局私たちの関係性はなにひとつ変わらないのよね。枠組みとか名前なんて意味はないの。なにかに名前をつけると、必ずその名前からこぼれおちてしまうものって出てくる。それでも敢えて名前をつけるとしたら、それは「私とあなた」って関係かな。」
「僕と、ヒカリちゃん?」
「そう、私とタケルくんだけの、「タケルとヒカリ」っていう関係。」
「それは、特別な関係だね。」
そんな特別な人がいたら、本当に恋愛なんかできそうな気がしないな。
ごくりと喉を鳴らしてアイスティーを飲み、ずいぶん前から考えていたことを初めて、冗談混じりではあるが口にしてみた。
「10年たっても特別に特別な人ができなかったら、結婚しようか。」
一瞬、大きく目を見開いたかと思うと、彼女の顔がぐっと近づいてきた。
うふふふふ、と笑う君の頬にほんの少しだけ赤みがさしている。
瞳にはおもちゃをみつけた子猫のようなきらめき。
「それってプロポーズ?」