欲望と言う名の愛は愛と言う皮を被ったエゴだとしても

海に行きたい。ヒカリは言った。誰もいない海に行きたい。
そうして今俺たちはここにいる。二人きりの砂浜。
誰もいない海がどこにあるかわからなかったが、誰もいなくなるまで待った。
ヒカリの白いワンピースは潮風に撫でられてくすぐったそうに膨らんでいる。
打ち寄せる波は足の感覚をほんの少しずつ削っていく。
真夏とはいえ深夜の海辺は少し肌寒かった。

「おにいちゃん」
誰もいない海辺で。真っ暗で何も見えない砂浜で。
素足で感じたい。違和感だらけの愛を。
白く細い腕が俺を抱きしめる。もうがまんしなくていいよね。
思いの外熱いヒカリの体温が、俺の体に棘のように刺さって抜けない。
俺はヒカリに向き直って正面から抱きしめた。
亜麻色の髪がさらさらと風に遊ばれている。
えへへ、とこちらを見上げるその微笑みは、ぞっとするほど妖艶だ。
愛してる。突然腑に落ちる瞬間がある。愛してる。
腕にいっぱい力をこめて、注ぎ込みたい。
触れたくちびるの先から、俺の魂が少しでもヒカリのものになればいい。
足元の砂が少しずつ波にさらわれていく。俺たちもこのまま波にさらわれて海になってしまえばいい。
世間とか、常識とか、倫理とか、そんなもんは全部燃やして、俺たちは海になってしまえばいい。
「好き」
ヒカリの声は波音にさえぎられてざらざらと俺の耳に届いた。
こんなときでも大きな声で言わないのは、もはや癖なのだろう。
残酷なほど愛おしくて、その頬にくちびるを寄せると、あたたかい雫を感じた。
「泣いてるのか」
「泣いてるのはおにいちゃんよ」
ヒカリが俺の目元に手を添えると、あふれた雫がヒカリの指先に滴っていく。
ヒカリはその指を自分の口に持っていき、俺の涙にキスをした。
ちいさなこどものようにちゅっちゅと自分の指を吸う、その姿に、打ち震える。
俺の愛は間違っていたんだろうか。
夜に消えてしまいそうに儚い少女。どうか連れて行かないでくれ。

最初から分かっていた。誰にも望まれない愛だということを。
だけど俺は望んだ。ヒカリは受け入れた。そういうことだった。はずだった。
やめてもいいんだ。壊れちまうくらいなら。なのに言えない。
さっきよりも少し高い波が背中に当たり、体制を崩した俺はそのまま水中に倒れこむ。
暗く冷たい海の中で、俺たちは愛し合う。
ああ、このまま海にとけてしまいたい。
お前とふたりで海にかえってしまいたい。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/7/24「海」

Posted by 小金井サクラ