アペリティフみたいなキスを繰り返しランチタイムになる日曜日
カーテンの隙間から差し込む朝陽よりもまぶしい笑顔が目の前にあった。
「お、起きたか。おはよう」
まどろみの中で心地よいテノールの響きがこだまする。
そうだ、昨日はお兄ちゃんのアパートに泊ったんだった。
待ち合わせして、一緒に食事して、お兄ちゃんの部屋にきて、ちょっとお酒も飲んで、気づいたらゆりかもめは終わってた。
「おはよう」
寝転がったまま体の位置をちょっと整える。
あたしの首のへこみがお兄ちゃんの腕の筋肉にぴったりフィットするところ。
その一番気持ちのいいところで頭を落ち着けた。
「結構寝起き悪いんだな」
「そうかしら」
「なにしても起きなかったぞ」
お兄ちゃんがいる。目の前に。触れるくらい近くに。
ココアブラウンの髪は枕にくしゃっとつぶされている。
久しぶりに見る無防備なお兄ちゃんの姿。
「お兄ちゃんこそ、昔はねぼすけだったくせに」
「なんか目が覚めちまったんだよ」
羽のような口づけをまぶたに落とされて、鼓動がひとつ大きく跳ねた。
「ねえお兄ちゃん。ヒカリ、朝ごはんはオムライスが食べたいな」
「ヒカリはオムライス好きだな」
「お兄ちゃんのオムライスが好きなの」
一緒に住んでいたころは、一緒に寝たって一緒に起きることはほとんどなかった。
お母さんが起きる前に自分の部屋に戻らなくちゃ。
夜明け前にこそこそ起きだして、なにか聞かれたらトイレに起きたふりをしようなんて神経を張り巡らせていた。
そのまま朝を迎えることもあったけれど、起きてからも二人そろってベッドでごろごろしているなんて、あの家ではできなかった。
ましてや、目覚めのキスなんて。
お兄ちゃんと一緒に朝陽を浴びている。
ただそんなことがうれしくて、寝てる間もずっと繋ぎっぱなしだった右手に力を込めた。
それに応えるように、お兄ちゃんもつないでいる左手をぎゅっぎゅっと握ってくれた。
ふふふ、と笑い声をもらすと、二人の吐息は目の前で混ざり合った。
鼻先を、くちびるを、何度もついばむ大きな小鳥。
あたしはお返しにお兄ちゃんの耳たぶを食む。やわらかくて冷たくてきもちよくてすき。
耳の裏に舌先をちろちろ這わせると、お兄ちゃんのからだはびくんと揺れ、あたしに覆いかぶさってきた。
「こら」
さっきまで文鳥とたわむれていたはずが、猛禽類のようなくちびるにあっという間にさらわれてしまう。
「いたずらするやつには食べさせてやらねえぞ」
「やだあ」
そのやだが何を意味するところなのか、お兄ちゃんもあたしもちろん理解していた。
さっきよりも強く、昨夜よりも深く、透明な鎖があたしたちの体に絡みついて離れない。
半分開いた窓から一筋差し込んだ風を、青いカーテンが抱きしめた。
あたしたちがようやくオムライスを食べたのは、すっかり陽も高くなったころだった。
#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/6/26「いただきます」