似合わない口紅を塗る 色は赤 こどもじゃないの ドキドキしてよ

最近ヒカリの服装が派手なの、と母がため息をつく。
「太一、あんたなんか言ってやってよ」
もう中2なんだし好きな服着りゃいいじゃんかと母をいさめていたのだが、部屋から出てきたヒカリの服装には眼を奪われた。悪い意味で。
首元を紐みたいなやつで縛るキャミソールで、背中がずいぶんあいている。
吐き気のするようなショッキングピンクで、脇腹のところは透ける素材になっている。
身体のラインにぴったり沿うような真っ赤のタイトスカートはひざ上15㎝。
化粧もだいぶしているらしく、幼さの残る顔には不似合いな口紅がにんまりと笑う。
どうしちまったんだ、ヒカリ。
「ヒカリ、その服どうした?」
「買ったに決まってるじゃないの」
「そうじゃなくて!」
ラメ入りピンクのまぶたを2、3度ぱちぱちさせて、ヒカリは言った。
「だって男の人はセクシーな方が好きなんでしょ?」
セクシーとは結び付きそうにない丸い瞳を大きく開いてじっとこちらをみる。
そりゃセクシーなのは好きだ。大好きだ。
だけどそういう服を着てセクシーなのはボンキュッボンのおねーさんであり、凹凸もまだ未熟なわが妹ではいささか物足りなさがある。
いやいやそんなことより、素材の良さを殺してしまっていることが腹立たしい。

「似合ってないぞ」
ヒカリはオレンジに塗りたくられたほっぺたをぷっくりさせて、ひどいひどいと胸のあたりをたたいてくる。
「もっとおとなになりたいの」
なんてこどもらしい言い分だ。かわいいやつめ。
「おとなになることは、セクシーな服を着ることじゃないだろ」
兄の威厳ある言葉に無言の抵抗をするように、うっすら涙の張った目で見上げてくる。
「お前にはもっと可愛い服が似合うよ」
頭をくしゃくしゃ撫でると、ヒカリはくすぐったそうな顔をする。どうやら観念したらしい。
着替えてくるねと言って部屋に戻ろうとしたヒカリは、ドアの前でふと立ち止った。
「着替えたら、一緒にお買い物、行ってくれる?お兄ちゃんにヒカリの服、選んでほしいの」
またこんな変な服着られたらたまらない。ここは兄として、妹の健全な成長の道しるべとならなければ。
「ああ、行こう」
やったあ、と小さく言った声はドアが閉まる音にかき消された。

それにしてもヒカリが男受けを気にして服を選ぶなんて。
まさか、好きな男でもできたんだろうか。
そいつがセクシーな服が好きで、幼いながらも涙ぐましい努力をしていたのか?
くそ、いったいどこのどいつだ。タケルか?大輔か?
そんな大きく開いた背中をよもや見せたのではあるまいな。
お兄ちゃんは許しません。
「何をぶつくさ言ってるのかしら」
いつも間にか着替えを終えて出てきたヒカリは、さわやかな薄いブルーの半そでワンピースに身をつつんでいた。
化粧も落としたらしく、前髪に残った滴がきらきら反射する。
夏だ。

「行こう!」
玄関のドアを開けると、熱気と日差しに眼がくらんだ。
はやくはやくと俺の腕に指を巻き付けきゅっと握る、その指の細いこと。
「なんだかデートみたいだね」
そう言ってこちらを見上げるその眼の奥に眠る妖艶さに、俺はまだ気づかないでいた。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2015/5/8 お題自由

Posted by 小金井サクラ