満月の次の日曜ピンク色 うさぎが撫でる春の鼻先
水色のカーテン越しに差し込む太陽に急かされて、貴重な朝寝坊は終わりを告げた。
ぼんやりから抜けきらないまま顔だけ洗ってリビングに行くと、ヒカリが手のひらサイズのなにかに絵の具で色を塗っていた。
「日曜だからって寝すぎじゃない」
窓の外はくっきりとした青空、気持ちの良い休日。
ベランダではシーツやタオルがひらひらとはためいている。
「まだ午前だからセーフだろ」
ダイニングテーブルの上に鎮座ましますのは長方形のサンドイッチがひーふーみーよー。
ふつうのたまごフィリングかと思いきや、半分に切られた食パンの間に挟まっているのはどうやら厚焼き玉子だ。
「これ、食べていいのか」
「お兄ちゃんのぶんよ」
リビングのソファから声だけ飛ばされてきた。
ダイニングチェアに腰掛けるのとほぼ同時にサンドイッチをつかんで口元へ。
バターをたっぷり塗られた12枚切のパンと、厚焼き玉子のほんのりした甘味。
「ヒカリがつくったのか」
「イースターのたまごつくりたかったから」
「これうまい」
あまじょっぱい永久機関で口が大層しあわせだ。
「復活祭なんだって。ネイティブの先生が教えてくれたの」
お台場中学校には月に1度英語の時間にネイティブの講師が来て英会話や英語圏の文化なんかを教えてくれる。
英語の歌や、食べ物、行事など、内容は様々だ。
そういえばハロウィンの時期にはキャンデイをもらってきていたっけ。
今ヒカリがアクリル絵の具でかわいらしく彩色しているのがイースターのたまごってわけか。
水色やピンクをベースに、花や緑の模様が春らしく描かれている。
ハイカラな行事だな。
あっという間にからっぽになった皿を流しに下げ、代わりに紅茶が注がれたカップを2つ持ってリビングへ。
片方はミルク入り、片方は砂糖だけ。
両方のカップをヒカリの前に置く。
二人分の重みを受けてソファがぎゅうと沈んだ。
ヒカリはもちろんミルク入りのカップを取ってこくんとひとくち。おいし。
「これは柄だけで、こっちはうさぎ」
6個のたまごはそれぞれ色とりどりに着飾って籠におさまっている。
ちいさな不思議の国のようだ。
「これはおにいちゃんで、こっちはヒカリ」
「俺」の方を手に取ってひっくり返してみたが、なかなかこれがよくできている。
「器用なもんだな」
ヒカリのはお台場中の制服、俺のはサッカーのユニフォーム、のようなものを着ている。
「ちょっと、乱暴に扱ったら壊れちゃうからね」
「へいへい」
お言いつけ通りにたまごの俺をそっとテーブルに置くと卵はころんと転がり、籠のわきにたてかけてあったヒカリにぶつかって止まった。
「あ、キスしちゃった」
真っ赤で艶やかなルビーが俺の目を捕まえて追いかけてくる。
「これはおにいちゃん」
ヒカリは俺の指にたまごを軽く握らせ、正面を自分に向かせた。
「こっちはヒカリ」
自分のたまごを俺と同じように握り、俺たちも、たまごたちも相対する。
こつんと、たまごで乾杯する音がした。
俺の分身はそのままヒカリのすべらかな指に包み込まれ、しかるべきところにおさまった。
「たまごのおにいちゃんはキスしてくれたのになあ」
ふっくらしたくちびるの端をきゅとあげて、うふふなんて甘えた声。
さっきまでこどもみたいに色塗り遊びをしていたと思ったら、突然こんな色めくのだから中学生はあなどれない。
14歳でこんな状態なら、これからの俺の苦労がしのばれる。
あっという間に距離をつめられて、長いまつげがもう目の前だ。
ゆでたまごみたいにつるつるのほっぺたに親指でふれると、赤い瞳の子ウサギは思い切り背筋をのけぞらせた。
#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2016/3/25「イースター」