薄布で隠しきれない色 君の熱を抱いて火照るつまさき
なんだってスーパー銭湯の浴衣というのはこうも防御力が低いんだ。
綿だかポリエステルだか知らないが、柔らかい布を柔らかい布で巻いただけのこころもとない装備では、ちょっと指をひっかけたら全部脱げてしまいそうだ。
浴衣からのぞく湯上り乙女の火照ったからだ。
普段は白磁のような肌も今は薔薇色だ。
藤色の浴衣と濃紺の帯が色っぽさをより際立たせている。
赤みがさした腕や脚を、熱を帯びた首筋を、誰にも見せてなるものか。
「せっかく温泉にはいったのに、また汗かいちゃう」
リクライニングを全部倒して無邪気に寝転がるヒカリの全身を大判のブランケットでくるんだ。
そんな風に無防備に横になって、どこからだれに見られているかわかったもんじゃない。
「何回でもはいればいいだろ」
「でも寝ちゃいそう」
なんでもない会話なのに、声をひそめるだけで刺激的だ。
ルーメン数の絞られた部屋、等間隔で並べられた二人用のリクライニングシート、生まれては消える囁き。
たくさんの小さな宇宙のうちのひとつに俺たちは横たわっている。
「お兄ちゃんも」
自分をそっくり包んでいたブランケットの端を引っ張って俺のほうに寄こしてきた。
ヒカリの熱っぽい手と瞳はもはや誘惑だ。
ふたりのからだが一枚の布におさまるように、少しずつ互いを近づける。
結局ほとんど抱き合うようにくっついた。
俺の浴衣の合わせをたゆませて、ヒカリは俺の胸板に直接頬を寄せる。
「熱いんじゃなかったのか」
「もう一回入るからいいもん」
はだけた藤色の浴衣の裾からあらわになったふとももが、俺の脚にからみついてくる。
汗ばんだ素足と素足はぺったりくっついて離れない。
「こら、そういうことすんなって」
吐息だけでもきこえるように、小さなかわいらしい耳のそばでくちびるを震わせた。
ぴくん、とつまさきが跳ねる。
ブランケットを頭の上まで全部かぶると、くちびるは音もなくふれた。
濡れたルビーは薄暗がりでもきらきら瞬く。
くちびるは肌と肌との境界をすべっていく。
ほほ、まぶた、鼻、みみたぶ、首筋、鎖骨を、ゆっくり線でつないでいく。
ふくらみの裾野のぎりぎりを折り返し、のどからあごをなめるように柔肌を這い上がりまたくちびるへ。
俺のくちびるがヒカリの肌の、細胞のひとつひとつをたしかめる。
声を漏らさないように、ヒカリは俺の左の人差し指を咥えていた。
#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2016/2/26「浴衣」