真っ白な世界が音を奪うから積もる言葉は声にならない 

なんとなく帰りたくなくて、海浜公園のデッキにふたりもたれている。
お兄ちゃんから手渡されたホットのホワイトモカのおかげで、かじかんだ手がぬくもりを取り戻しつつある。
東京湾にちらちらと雪が溶けていくのを眺めながら、ほんの少しだけ、距離を縮める。
薄暗いから、だあれも気付かない。
「こりゃ積もるかもなあ。」
赤銅色の髪が輝いて、あたしは目を細めた。
大きめの結晶がお兄ちゃんの逆立った髪の毛の間に入り込んで、きらきら光を帯びている。
まぶしい。
火照った頬を悟られたくなくて、くるりと周囲を見渡すふりをした。
浜辺にはあまり人がいない。予報通りに降り出したから、人々は屋内に引っ込んだのだろう。
「なんか静かだな。」
あたしたちの間に雪が舞う。
「雪って、音を吸収するんだって。」
「ああ、なんか理科で習ったな、そんなの。」
大きな雪の結晶は宝石みたいに濃紺を帯びた空から落ちてくる。
しんしん、しんしん。
「ヒカリ、あたま。」
ぱさぱさとあたまに積もった雪を払う、その手。
髪に触れる指。
氷点下に近いはずの外気と、あたしの体温にはいったい何度の差があるのだろう。
そのまま、髪から頬に手がおろされる。
ひやりと冷たい手。
あたしは頬に添えられたお兄ちゃんの手に自分の手を重ねようとして、やめた。
冷たい手と冷たい手を重ねることに、意味があるのかしら。
だけどそっと離れていく指を見送るのも、なんだかぎゅっとしめつけられて、あたしは胸があつい。
「帰るか。」
コートの裾を翻して、お兄ちゃんは歩き出した。
積もり始めた雪をきゅっきゅと踏みしめていく。
あたしたちの間に雪が舞う。
白くかすんであなたが消えてしまいそうだから、うしろから、ぎゅっとだきしめた。
「   。」
私の言葉は雪に吸い込まれる。
「   。」
お兄ちゃんの言葉も聴こえない。
聴こえたらだめなの。
雪が解けて春が来ても、あたしたちの恋は芽吹くことはない。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2016/1/22「雪」

Posted by 小金井サクラ