健やかに過ごせますよう 若草を摘んであなたの胸で揺られる 

お母さんとお父さんはおばあちゃんのところに行ってしまった。
本当は4人で行くはずだったのに、もう3日も熱は下がらない。
せっかくお正月で、お兄ちゃんともゆっくりできると思ったのに。
ただベッドで寝ているだけって、こんなに静かで、世界にひとりぼっちみたいになっちゃうんだっけ。
最近はあまり風邪を引いてないから忘れてた。病気ってさみしいんだ。
お前なんかいらないんだよって、ずきずきする頭に響いてくるようで、くちびるを噛む。
意味をなさない温度になった冷却シートが額からずるりと落ちた。
お母さんが用意してくれた常温のポカリももうない。
あたし、このままいなくなっちゃうかも。
「ヒカリ…?ヒカリ!」
頬に触れたのは、ひんやりと気持ちのいい大きな手。
「ヒカリ、大丈夫か?」
「おにいちゃん…?」
ぼんやりとした影が焦点を結び、枯茶色の瞳にあたしが映っていた。
「こわい夢でも見てたのか?」
「…うん、ちょっと。」
ずれた布団を直す手が慈愛に満ちていて、何も言わないことの安心感がからだに広がっていく。
あったかいからだが戻ってきた。
「おかゆ作ったけど、食えそうか?」
「食べる。」
「じゃあ、あったかくして来いな」
カーディガンを着て廊下に出ると、やさしいにおいが鼻をくすぐる。
黙ってダイニングの椅子に座ると、見計らったように目の前にお茶碗が置かれた。
「野菜いっぱいいれたのね。」
「今日は7日だからな。」
そうか、七草粥の日か。
「別に七草全部入ってるわけじゃないけど、まあいいだろ。」
確かに、よく見るとこの細かく刻まれた葉っぱは白菜や小松菜だ。
「これ食って、早く元気になれよ。」
花柄の小さなお茶碗のなかに、これでもかと愛がつめられている。
「ありがとう、おにいちゃん。」
突然目頭が熱くなるのも、これもきっと熱のせい。
「いや、元々俺が夜中に連れ出したりしたからさ。」
「でも、初日の出、きれいだったよ。」
6時49分。若洲海浜公園のブランコに揺られながら、東京湾に広がる新しい光を見た。
寒いって言ったら、お兄ちゃんはあたしをブランコごとぎゅってしてくれた。
だからぜったい、お兄ちゃんのせいなんかじゃない。
ヒカリのことずっとあっためてくれてたんだから。
おにいちゃんがいれば、風邪引いてもこわくないよ。
「来年も行くか?」
「うん。」
お兄ちゃんが目を細めて、あたしの頭をぽんぽんなでた。
「食べたらちゃんと薬飲んで、あったかくして寝ろよ。」
「ねえおにいちゃん。」
既にコップに水を用意している背中に、届くかわからない小さな声を投げる。
「ヒカリが寝るまで、一緒にいてくれる?」
振り向いた季節外れのひまわりがほころんで、熱が少し上がった気がした。

#八神兄妹版深夜の真剣お絵描き文字書き60分一本勝負
2016/1/8「お正月」

Posted by 小金井サクラ